2023.09.24 06:37ウズベキスタンの旅㊱ 太平洋戦争の傷跡私は、幼少期から過去の日本が犯した過ちの一つ、太平洋戦争について興味を抱いてきました。特集番組や様々な機会を通じて、その一端を学び続けてこれたように思います。振り返れば、戦争への私の興味は、人間、特に日本人の「過ち」と「愚かさ」に焦点が当たっていました。食べ物も武器もなく、鉄も手に入らない中で行われた特攻隊を含む無謀な攻撃、そして「一億玉砕」。「日本が負けるはずがない」という当時の日本の考えにも疑問を抱きました。このような時代が存在した事実を考えると、どうしても心が落ち着かない気持ちになります。歴史の専門家が史料を元に素晴らしい解説をしてくれるテレビ番組を観ても、命を捧げた人々の苦悩と犠牲に心を痛めずにはいられません。子供の頃から現代との極端な違いに触...
2023.09.23 02:15ウズベキスタンの旅㉞ 電車のトイレ夜中、トイレで目が覚めた。行こうかどうしようか、ベッドでまだぼんやりしているとちょうどたまたまどこかの駅で停車した。見学ついでに私は起き上がって行くことにした。どこの駅だか分からないが、まだまだ首都までは時間が必要な距離。トイレに向かうと、鍵がかかっている。誰か入っているのか。と最初は思った。が、しばらく待っても誰か出てくることはない。やばいな、我慢の限界が近いぞ、というくらい待つと電車が発車した。すると、車掌がやってきて鍵を使ってトイレの鍵を開ける。どうやら停車中はトイレが使えないようだ。そういえば、ブハラの駅に停車中も車内のトイレは鍵がかかっていた。おそらく、、、。 この電車は汚物を線路に垂れ流す方式なのだ、トイレの蓋を開けると線路が見えるのだから...
2023.09.18 06:13ウズベキスタンの旅㉜ さよならブハラ荷物を取りにゲストハウス「Rumi」に戻り、部屋の荷物をまとめる。「さよなら。ありがとう。また、いつか来るよ。」過ごした宿の部屋を出る時、私は必ずそう口にする。感謝の気持ち、そして自分の寂しさを紛らわすためだ。鍵を返しにフロントへ行くと、歩き始めたくらいの子供とその母親が遊んでいた。「この宿のご家族の方ですか?」と尋ねると流暢な英語と微笑みを返してくれた。私はコンセントでスマホの充電をさせもらいながらしばしこの母と話をさせてもらった。この母、おそらく20代後半だろう、幼い頃から両親が宿を経営していて、増築を繰り返してきたという。子供を見つめる瞳、表情がとても柔らかく、とても愛していることが伝わってくる。他にも良い宿はたくさんあるが、こういった家族経営の...
2023.09.17 06:51ウズベキスタンの旅㉛ 寂しさは置いていくブハラの観光地街の中心部の池「ラビハウズ」まで戻ってきた私は、ATMにて今夜と明日一日分の現金を引き出した。食事され摂れればいいので3000円くらいのみだったろうか。今夜、ブハラを経つ。最後に遺跡群をもう一度のんびりと巡る。わずか一泊であるのに、レストランに入って食事をしたり、商店で飲み物を買ったり、街を散策したり、少し地元の人と関わったりするだけで、ずいぶん自由を手にすることができる。それが一人旅の醍醐味なのだろう。夕方5時過ぎ、まだ時間は早かったが昼飯も食っていないため早めの夕飯にすることにした。昨夜と同じレストランに行くとすでに開店してくれていた。昨夜と同じおじさん店員、そして同じ料理を注文する。今日は一人で来ていることに一抹の寂しさと、また、冒...
2023.09.16 03:46ウズベキスタンの旅㉚ 郊外から歩いて帰る大通りを歩いていると、昔日本にあった「ドライブイン」的な見た目の簡素な複合施設があった。どうやらATMがあるようなので、国際キャッシングで現金を下ろすことにした。ちゃんと英語表記に変更もできる。ただ、その時の私はなんとか現金を引き出さねば、という焦りと、郊外を身一つで歩いている僅かな不安があったようで、クレジットカードを挿入して、暗証番号を打ち間違えるか、もしくは何らかの操作を誤ってしまったのだ。通信中、という画面からいっこうに画面が変化せず、「これはカードを飲まれてしまったかも!」という強烈な不安に襲われあわてて「キャンセル」ボタンを押す。しかし、数秒か10数秒か、とにかくそれさえも強烈な不安の元では長く感じられた。無事にクレジットカードが出てきた時...