2025.05.30 14:45新世界紀行 エジプトの旅35 帰国Kさんと別れたあと、ぼくの胸は、妙な焦燥で膨れあがっていた。空港へ向かう予定時間を押している。時計の針が、まるで砂漠の太陽のように、容赦なく背中を炙る。ピラミッドの隣を小走りするなんて、思ってもみなかった。だけど、バックパックを背負って、ピラミッドの影の中を駆け抜ける自分に、少しだけ誇らしさを覚えたのも事実だった。トレイルランナーとしては、これ以上ない舞台だ。けれどそれは、どこか空虚な誇りだったかもしれない。やり残したことが、ひとつだけ、心にひっかかっていた。土産を買うこと。それも誰かに渡すためではなく、ただ、この旅を、ぼく自身のために刻むための記憶の欠片を。ぼくが確かにここにいた、という証しを。財布の中には、使い残したエジプトポンドがUS1ドル分は残...
2025.05.25 08:24新世界紀行 エジプトの旅34 最終日ピラミッドが、朝焼けに燃えていた。時を超えて空に染み込んでいくような、静かな炎だった。こんな光景を、ここに暮らす人々は毎朝のように見ているのだろうか。羨ましいとは思わない。ただ、少し胸が、きゅっとした。ホテルの屋上で朝食を摂った。
2025.05.20 08:13新世界紀行 エジプトの旅33 鳩料理「気をつけてください。踏んじゃう」Kさんが小声で言った。細い路地には、まるで誰かの記憶の断片のように、ラクダの落とし物---フンがあちこちに転がっていた。ぼくらは、それを避けるように慎重な足取りで歩いた。乾いた埃の匂いが夜の風に混じり、鼻をくすぐる。通りに出ると、静寂に沈んだ町に、外国人向けのバーとカフェのネオンだけが灯っていた。小さな商店も、あのケンタッキーまでも、シャッターを降ろしていて、ぼくらだけが取り残されたような気分になった。「ほんとにここで合ってるのかな?」KさんがGoogle マップを確かめる。フロントマンに教えてもらったレストランは、商店のような目立たない入り口だった。だが一歩足を踏み入れた瞬間、まるで別世界に迷い込んだような錯覚に包ま...
2025.05.06 08:08新世界紀行エジプトの旅32 ギザへ戻るルクソールから乗ったカイロ行きの機内ではパンとコーヒーの軽食が出て、ぼくにとっては十分すぎるほどの休憩時間となった。予定通り1時間半ほどの旅で到着。ぼくにとっては、一週間ぶりに「戻ってきた」という感覚である。あと1泊、ここカイロで過ごせば帰国だ。ドラクエというテーマの冒険旅。クリアが目前という気持ちである。到着はやはり18時10分頃だった。
2025.05.03 06:15新世界紀行 エジプトの旅31 同じ旅人“永遠には続かないけれど、確かに心を震わせる一瞬”ぼくの人生において、旅はそんな位置なのかもしれない。旅というものは、ぼくにとって、その時にしか創れない一つの作品だと思っている。構想を練るように計画を立て、筆を走らせるように日々を歩き、偶然の出会いや小さなトラブルが、まるで色彩のように作品を彩っていく。帰国し、静かな自室に戻ったとき、ようやくすべての絵の具が揃う。そして、ぼくはそれらを使って文章にする。言葉という額縁に収めることで、ぼくの旅は、ひとつの完成を迎える。エジプトの旅が、これほどスリリングで、楽しくて、そして少年時代の冒険心を蘇らせるものになるなんて、正直、出発前には想像もしていなかった。でも、旅というものは、常にこちらの予想を追い越してくる...
2025.04.18 15:20新世界紀行 エジプトの旅30 カルナック神殿極限の疲労の中、僅か5時間ほどしか寝ていないのに、体は軽い。8時頃に朝食会場へ行くと、まるで約束でもしていたかのように日本人の宿泊者たちが集まり始めた。皆、昨日はどうだった、今日は何をする、など雑談と情報交換をする。昨夜、年越しを待たずに寝てしまった人もいて、よくあの爆音パーティの音で寝れたなあと感心する。一期一会。皆、また、それぞれの旅へと向かっていく。ルクソール。ビーナスホテル。たった2泊とはいえ、ぼくにとっては永遠とも思えるような濃密な時間だった。色々あったがオーナーのハッサンにはよくしてもらい、感謝をしている。9時過ぎ。ひとり、静かにリュックを背負い、ぼくは宿を出た。カルナック神殿までの道のりは、どこか夢の続きのようだった。通りにはまだ観光客の...
2025.04.12 04:10新世界紀行 エジプトの旅29 ダンスパーティナイルの風は、夜になってもまだ熱を帯びていて、どこか砂の匂いがした。ソアとミリーの泊まるホテルへ、ぼくは立ち寄った。宿へ向かう途中だった。彼女たちのホテルは、どう見ても一流。エントランスのドアを抜けると、目の前に広がったのは、まるで夢の中のような空間だった。高い天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がり、光がゆっくりと回っている。 その光が、ふたりの頬を淡く照らしていた。女子二人旅――とはいえ、彼女たちは明らかに、ぼくとは違う世界を歩いている。 ぼくは汗まみれのバックパッカーで、彼女たちは、軽やかな旅人だった。 ぼくの宿は、ほとんどゲストハウス。 人によっては「ほとんど雑居ビル」と言うかもしれない。 実際には、古びた雑居ビルの一角を...
2025.04.04 14:54新世界紀行 エジプトの旅28 過去&年越しルクソールの夜が、ゆっくりと深くなっていく。「マクドナルド ルクソール神殿前店」とでも呼ぼうか。ぼくらは、人の波にのみ込まれる前にマックの中へと逃げ込んだ。 通りの喧騒とは違い、驚くほど店内は空いていて、穏やかな時間が流れていた。世界中、ほとんどどこの国でもあるマクドナルド。 この国でも、店内の雰囲気は世界共通だった。 まるで「どこでもドア」でひと時だけ日本に戻ってきたかのような、奇妙な安堵。 何でもいい、ただお腹を満たしたい——そんな時、異国のマックは本当に頼りになる。 ぼくだけががっつり食べるのだろうと勝手に思っていたが、ソアとミリーも同じようにセットメニューを頼み、夢中で食べていた。 彼女たちは変わ...
2025.03.31 04:59新世界紀行 エジプトの旅27 奇妙な冒険ルクソール神殿の門をくぐると、ぼくは静かな畏れを抱いた。エジプトの遺跡をいくつも巡ってきたが、この神殿はまた別格だった。天井はなく、空へ向かって聳え立つ巨大な支柱の群れが、ぼくを迎え入れる。ファラオの石像が並び、悠久の時間を超えて訪れる者を見下ろしている。
2025.03.26 06:26新世界紀行 エジプトの旅26 夜のルクソール神殿ルクソール神殿前で何か大晦日のイベントをやっていると女子3人組から聞いていたため、向かってみることにした。巨大なナイル川に沿って歩いていると、ライトアップしている巨大な遺跡が見えてきた。
2025.03.21 23:12新世界紀行 エジプトの旅25 ルクソール博物館わずか5分程度だったろうか、ナイル川を渡るオンボロの公共フェリーに降り、宿のある東岸へ戻ってきた。戻って来たとはいえ、昨夜ルクソールに着いたばかりのぼくは行く先の全てが初めての場所。地図を見て現在地を把握はしているものの、さてどうしようかと考えてはいた。当初の計画なら、今日はお昼過ぎには東岸に戻って来て、ルクソール神殿、そしてルクソール博物館へ行こうと思っていたが馬車が思ったより遅くて予定が大幅に変わってしまっていたのだ。ただ、予想外にフェリーに乗って帰って来たことで、嬉しい誤算があった。予定入れていた「ルクソール博物館」がフェリー乗り場の目の前にあるのだ。残された時間的にはもう行くのを諦めていたルクソール博物館。昼間は午前9時〜14時の開館。そして、...
2025.03.16 09:18新世界紀行エジプトの旅24 さよなら馬車 王家の谷から駐車場へ戻ると、バスでもなく、車でもなく、一台の馬車が待っていた。馬の手綱を握るのは男と、その傍らに立つ幼き息子。「楽しめたか?」 運転手は、馬の腹部を撫でながら言った。 ぼくは言葉少なに頷く。感動を英語で伝えようとするも、適切な表現が見つからない。しかし、Sさんは饒舌だった。細部にまで言及し、異国の情景を言葉に変えてゆく。「それは良かった。馬も少し休めたようだ。」 馬は巨体を揺らし、鼻を鳴らして応えた。 次なる目的地は「ハトシェプスト女王葬祭殿」。王家の谷の絶壁を隔て、その真裏に位置する遺跡である。ぼくらの乗る馬車は、来た道を半円を描くように戻る。 一箇所目の観光を終えた今、ようやくぼくらは馬車の親子に対し、信頼というものを抱きはじめて...