クソ野郎のジャワ島横断記⑤ 足がわるいおじさん

ゲストハウス「ザ パッカー ロッジ」は朝食無料とのことで、共有スペースのある5階へ向かった。


綺麗なキッチンとテーブルがある。いくつかあるテーブルには、ひとり白人の女性がいるだけだ。あまり宿泊客がいないのだろうか。  


キッチンには袋に入った食パン、ジャム、それにバナナが置いてあった。コーヒーはインスタントコーヒーを自由に作れるようだ。肝心の取り皿がないのでその女性に尋ねると戸棚を開いて教えてくれた。  



食べていると、客はチラホラやって来たがすべて欧米人。綺麗なゲストハウスだから好まれるのだろう。  部屋に戻り、出発前に日本からもってきた「うめしば」をひとつ口に放る。暑い国で体力を保つオレの必須アイテムだ。40リットルのバックパックを背負ってフロントへ行き、チェックアウトをする。 


「これからどちらへ行くの?」  


チェックイン時にいた同じ女性スタッフが笑顔で聞いてくれる。 


「トランスでガンビル駅まで。」


 「それならバス停がすぐそこね。歩いて5分よ。ハルモニ駅で乗り換えしてね」 


「ありがとう。」  


フロントでの些細な会話さえ、外国人の、しかも英語圏外に住むオレには非日常なことであり、これから旅の一日が始まると考えるとどうしても胸が高鳴った。  

9:00 ゲストハウスを出て、トランスジャカルタのバス停まで歩く。  



昨日買ったチャージ済みのICカードをタッチして改札を入る。  






ハルモニ、というバス停で一度乗り換えて、鉄道駅であるコタ駅まで向かう。 途中、ジャカルタのモニュメントでもある「モナス」の塔が見えた。周囲は公園になっていて市民の憩いの場となっているらしい。  


乗り換え含め、トランスジャカルタに揺られること30分。目的のガンビル駅に到着した。 



日本で切符を買っておいたバンドン行き列車は10:30。ジャワ島の鉄道はおおよそ定刻通りに出発するらしいがそれでもまだ時間に余裕があった。  


駅構内は日本のそれと大きな違いはなく、様々なお店が通路の両側を埋めている。コンビニでペットボトルのポカリとコーヒーを調達して時間までベンチで過ごすことにした。 





発車20分前に改札へと向かう。インドネシア人も外国人も身分証明書が必要で、切符と共にパスポートを係員に見せて通る。  



車両クラスは、一応エグゼクティブクラス。とはいえ片道三時間、1300円くらい。一番前はさらにグレードの高いクラス、エグゼクティブは前から二両目らしい。 両側2列の4列シートで、オレは左側の窓側。  


椅子はところどころ壊れているようだが、クッションがしっかり効いていてこれなら三時間座っていても大丈夫そうだ。リクライニングもする。


バックパックを足元に置き、iphoneを取り出して出発までの間、音楽を聞いていると、50代くらいの、おそらくインドネシア人であろう色黒で、腹の出たおじさんが隣の席にどっしりと腰をかけてきた。黒いキャップに、サングラス。そしてヒゲ。



けれども、不思議と怪しい雰囲気は感じず、むしろ親しみがあった。そのおじさんは座るお尻の位置やリクライニングの高さを何度か調節し、気にいる姿勢を見つけたのか、フー、と大きく息を吐くと目を閉じてしまった。  



発車時刻まではまだ数分あったため、オレも車窓の外をぼんやり眺めていた。するとそのおじさんに話しかけられた。

 「英語は、話すか?」 


「ええ。」 


「どこから、来たんだ?」   


腹の底から絞りだすような、あるいは唸るような低音の効いた声だった。

サングラスをしているため正面からでは視線の動きや眼光が定かではないが、決して威圧的ではなかった。


 「東京です。日本の。」 


 おじさんはとりわけ表情を変えずに、「そうか。」と返した後、「どこへ、行くんだ?」と続けた。


 「バンドンへ。友人が住んでいるので会いに行くのです。」


 「友人。日本人なのか?」 


「いえ、インドネシア人です。彼は以前日本に住んでいたので。医者で、大学の教授をしているんです。」  


オレはローニーのことを簡単にそう話した。


おじさんはオレの返事を聞くと、今度は黙った。

単に列車に乗った目的だけを聞きたかっただけのようだった。 


「ジャカルタに住んでいるんですか?」  


今度はオレが尋ねた。おじさんはそこで少しはにかみ、「いや、」と言い、


「ジャカルタには仕事で来た。絵画の仕事をしていてな、描いているわけじゃない、ブローカーだ。今回は大きな仕事はなかったんだがな。これからバンドンに帰るんだ」とゆっくりと低い声で話した。


 「バンドンですか。同じですね。」


 「ああ、三時間くらいだ」  


そこまで話すと列車が動き始めた。するとおじさんが言う。


 「あっちの席が空いているから、私はあっちへ移るよ。仕事が忙しくて昨夜はほとんど寝ていないんだ。」  


通路反対側の一列シートの席のことだった。おじさんはハハハと低く声を出すと、肘掛けをがっしりと掴んでまるでリハビリ運動かのように体を支えて立ち上がった。 


「足が悪くてな。」  


見ると、僅か1.5メートル先の席へ移動するのに片足を引きずっていることに気付いた。

慌ててオレはおじさんの荷物を持ってあげ、席の足元に置いた。 

「ありがとう。こっちでゆっくり寝ることにするよ。」  

そう言うとおじさんはリクライニングを下げ、

 「名前は?」

とオレを見上げた。  


名を伝えると、おじさんはもう一度、「ありがとう。」と言った。  


バンドンまでの三時間、オレはインドネシア到着直後に空港のバス乗り場で知り合った日本に技能実習生として住んでいたディタという名の青年に連絡を取った。

バンドン駅に迎えに来て、そのあと色々と案内してくれることになった。    



しばらく車窓に広がる景色を眺めていた。   

日本の田園風景に似た景色が広がっていた。異なる物と言えば、南国特有の大きな樹木が聳えていたり、道路が全て未舗装の土であったりすること。 そして見渡す限り、どこまでもその田園が続いていること。     


子供の頃、冒険が好きだったことを思い出した。  ドラクエやファイナルファンタジーなどのゲームも好きだったが、何より現実の世界を冒険するのが好きだった。  時折、休みの日に母親に弁当を作ってもらい、友達数人と徒歩による冒険に出かけた。たかだか小学生の足だ、いくら歩いてもせいぜい隣りの小学校区域程度。けれどもその未知なる世界の、見たこともない土地を目の当たりにし、興奮冷めやらぬ気持ちで帰ってきたものだった。    




あの頃のそういった気持ちと差ほど変わりないような気がする。  



それから色々あった。  




車窓からの眺望は、自分が生きる現実とは違う、夢の中の景色のようだった。  


美しく、あまりにも美し過ぎた。


テーブルの上に放置された氷がゆるゆると溶けるかのように、視界の中でなにもかも美しく溶けていくようだった。今オレが抱えている悩みもそんな風に溶けていけばいいのにな、と思った。  


おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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