新世界紀行 エジプトの旅12 アスワンの宿周辺散策

アスワンの宿「デイビッドホステル」は、町の中心地からは遠く離れた辺鄙な場所に建ち、そこには観光客の影などなかった。日の入りはまだ18時を越えない頃だったけれども、冬の夜の帳はすでに濃く垂れこめ、頼りとなるのは街灯の淡い橙の光のみ。

玄関を出て立ち止まると時が止まったかのように静まり返っていて、ひとけもまばらな道には、砂埃と黄昏の影が支配するばかりだった。



Googleマップを眺めると、少し歩いた先に大通りがあるらしく、そこならば夕食の宛ても見つかるだろうか、と淡い期待を抱きながら歩みを進める。



宿を出て大通りへと向かう途中、閉店後の小さな商店や、おそらくパン屋だと思われる店があったが、いずれも軒の灯は落とされ、通りは闇の静寂に包まれている。たまに通り過ぎるバイクや車のライトが照らすその一瞬、砂埃が光の筋に舞い上がる様は、どこか幻影じみた夢の静けさを物語っていた。


やがて、いくつもの巨大な団地が視界に入った。夜の闇が濃すぎたせいか、見上げたそれは夜空を食らうかのような化け物にも見え、最初それは廃墟かと思えたが表側を見ればいくつかの部屋には灯りがともり、かろうじて人の営みを感じることができた。しかし、何百という戸数があるにもかかわらず、明かりが灯る部屋はわずかであり、廃墟のように不気味な影を落としている。周囲の道路にはごみが散乱し、さながら一角のスラムを思わせた。


いや、実際にここ一帯がスラムなのかもしれなかった。


その団地の道端の先に、不意に黒ずんだ大きな塊が目に映った。ゴミ捨て用の黒いビニール袋がゴミとして捨てられているのだと思ったが、よくよく見てみるとそうではない。


近づくとなんとイスラム教徒の黒装束に身を包んだ女性が1人、ポツンと路肩に座りこんでいる。目元を除くすべてが黒布に覆われ、さながら忍びのごとき姿で、すれ違いざまにぼくに手を差し出すではないか。


物乞いであろうか。


あるいは、


彼女自身もまたこの町の夜の幻影の一つであろうか。

しばらくして振り返ってみると、年齢もわからぬその女性が再びぼくにゆっくりと手を差し出した。それはまるで黒い亡霊のようでもあった。


やがて、大通りに出ると、そこにはひときわ賑やかなガソリンスタンドがあり、数十台の車が列をなし、トラックやバスがひしめき合っている。スタンドの脇に設けられた広場には、タクシーやトゥクトゥク、送迎車がひしめき、道行く人々のざわめきが静かな夜を打ち破っていた。



地図を眺めると、少し先に「アスワンスタジアム」とやらがあることを知り、足を向けてみる。スタジアムの傍らにはサッカー場があり、煌々と照明に照らされた中で少年たちがボールを追っている。ぼくが異国の人間と分かるや、一部の少年が手を振ってくれた。彼らの無邪気な笑顔は、この町の夜の深淵に差し込む一筋の陽光のようであった。



しかし、サッカー場を過ぎると再び暗闇に沈む通りが続き、気軽に夕飯にありつけるような店は見当たらない。地図で検索を続けた末、もう少し先にテイクアウトができる店があるようで、賭けの気持ちでさらに足を運んだ。



ようやく見つけた店は、ケンタッキーのツイスターを思わせるクレープのような品を出しており、鶏肉を挟んだそれにポテトとペプシがセットになっているらしい。恐らく不味くはあるまいと注文を決める。


他に客はいないが中の店員は忙しく動き回っている。
メニューがあったので、しばらくグーグル翻訳を使って考え、注文を指差しで行って伝えた。値段が安かったため、クレープ二つ付きのセットを注文。


店の前に椅子があったため、座って待っていると、意外にも客が何組かやってきて品物をテイクアウトしていく。どうやら電話かオンラインか、ネット注文などができるようで、ぼくのように店頭で注文して待つ客はいなかった。


ぼくが呼ばれたのは15分後くらいであった。そして品を受け取って驚く。

ドリンクは500mlではなく1.5リットルのペットボトルであった。この一晩で飲み切ることは不可能であろう。



店を後にして宿への道を辿る中、たとえ一度歩いただけの道でも、その経験がもたらす余裕がぼくの胸に生まれたことに気づいた。夜の町の気配もまた、ぼくの知らぬ間に見知ったように感じられる。



やがて宿の玄関に戻り、地下の部屋に腰を落ち着けたぼくは、受け取った夕飯の袋を開ける。クレープのようなものと思っていたそれは、むしろ「ナン」に似た生地にコロッケのような具が入り、パサついた食感だった。決して美味いとは言えないが、まずくもない。ただ、どこか寂寞の味わいが口に残るのみだった。



さして満足感もないまま食事を終え、ぬるいシャワーを浴び、冷えた部屋でひとり寒さを粗雑な毛布でしのぎながら明日の夢を見る。明日はいよいよ、憧れ続けてきたアブシンベル神殿へと向かう。

おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

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