2025.04.12 04:10新世界紀行 エジプトの旅29 ダンスパーティナイルの夜風は、夜になってもまだ熱を帯びていて、どこか砂の匂いがした。ソアとミリーの泊まるホテルへ、ぼくは立ち寄った。宿へ向かう途中だった。彼女たちのホテルは、どう見ても一流。エントランスのドアを抜けると、目の前に広がったのは、まるで夢の中のような空間だった。高い天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がり、光がゆっくりと回っている。 その光が、ふたりの頬を淡く照らしていた。女子二人旅――とはいえ、彼女たちは明らかに、ぼくとは違う世界を歩いている。 ぼくは汗まみれのバックパッカーで、彼女たちは、軽やかな旅人だった。 ぼくの宿は、ほとんどゲストハウス。 人によっては「ほとんど雑居ビル」と言うかもしれない。 実際には、古びた雑居ビルの一角...
2025.04.04 14:54新世界紀行 エジプトの旅28 過去&年越しルクソールの夜が、ゆっくりと深くなっていく。「マクドナルド ルクソール神殿前店」とでも呼ぼうか。ぼくらは、人の波にのみ込まれる前にマックの中へと逃げ込んだ。 通りの喧騒とは違い、驚くほど店内は空いていて、穏やかな時間が流れていた。世界中、ほとんどどこの国でもあるマクドナルド。 この国でも、店内の雰囲気は世界共通だった。 まるで「どこでもドア」でひと時だけ日本に戻ってきたかのような、奇妙な安堵。 何でもいい、ただお腹を満たしたい——そんな時、異国のマックは本当に頼りになる。 ぼくだけががっつり食べるのだろうと勝手に思っていたが、ソアとミリーも同じようにセットメニューを頼み、夢中で食べていた。 彼女たちは変わ...
2025.03.31 04:59新世界紀行 エジプトの旅27 奇妙な冒険ルクソール神殿の門をくぐると、ぼくは静かな畏れを抱いた。エジプトの遺跡をいくつも巡ってきたが、この神殿はまた別格だった。天井はなく、空へ向かって聳え立つ巨大な支柱の群れが、ぼくを迎え入れる。ファラオの石像が並び、悠久の時間を超えて訪れる者を見下ろしている。
2025.03.26 06:26新世界紀行 エジプトの旅26 夜のルクソール神殿ルクソール神殿前で何か大晦日のイベントをやっていると女子3人組から聞いていたため、向かってみることにした。巨大なナイル川に沿って歩いていると、ライトアップしている巨大な遺跡が見えてきた。
2025.03.21 23:12新世界紀行 エジプトの旅25 ルクソール博物館わずか5分程度だったろうか、ナイル川を渡るオンボロの公共フェリーに降り、宿のある東岸へ戻ってきた。戻って来たとはいえ、昨夜ルクソールに着いたばかりのぼくは行く先の全てが初めての場所。地図を見て現在地を把握はしているものの、さてどうしようかと考えてはいた。当初の計画なら、今日はお昼過ぎには東岸に戻って来て、ルクソール神殿、そしてルクソール博物館へ行こうと思っていたが馬車が思ったより遅くて予定が大幅に変わってしまっていたのだ。ただ、予想外にフェリーに乗って帰って来たことで、嬉しい誤算があった。予定入れていた「ルクソール博物館」がフェリー乗り場の目の前にあるのだ。残された時間的にはもう行くのを諦めていたルクソール博物館。昼間は午前9時〜14時の開館。そして、...
2025.03.16 09:18新世界紀行エジプトの旅24 さよなら馬車 王家の谷から駐車場へ戻ると、バスでもなく、車でもなく、一台の馬車が待っていた。馬の手綱を握るのは男と、その傍らに立つ幼き息子。「楽しめたか?」 運転手は、馬の腹部を撫でながら言った。 ぼくは言葉少なに頷く。感動を英語で伝えようとするも、適切な表現が見つからない。しかし、Sさんは饒舌だった。細部にまで言及し、異国の情景を言葉に変えてゆく。「それは良かった。馬も少し休めたようだ。」 馬は巨体を揺らし、鼻を鳴らして応えた。 次なる目的地は「ハトシェプスト女王葬祭殿」。王家の谷の絶壁を隔て、その真裏に位置する遺跡である。ぼくらの乗る馬車は、来た道を半円を描くように戻る。 一箇所目の観光を終えた今、ようやくぼくらは馬車の親子に対し、信頼というものを抱きはじめて...
2025.03.03 14:59新世界紀行エジプトの旅23 王家の谷 馬車に乗るのは、考えてみれば初めてだった。 いや、もしかすると幼い頃、榛名湖の観光馬車に乗ったことがあったかもしれない。だが記憶にはないし、そもそもケチな親父が「ただ乗るだけの経験」に金を払ったとも思えない。 大人になってから、沖縄の石垣島で観光用の牛車に乗ったことはある。あれも結局は「観光」であって、移動のためのものではなかった。スピードも遅く、ただ揺られているだけだった。 しかし今、ぼくは違った。ナイル川を渡るための手段として、馬車に乗っていた。観光客向けの馬車には違いないが、それを本当に足として使う人間がどれほどいるのか。 幸い、風はなく、暑くも寒くもない。馬車日和だった。 最初の目的地は「王家の谷」。エジプトに来た旅人が必ず訪れる、ツタンカー...
2025.02.10 12:37新世界紀行 エジプトの旅22 馬車の旅夜のルクソールに降り立ったその日、ぼくは、宵闇に紛れるごとく日本人歓迎宿「ビーナスホテル」に足を踏み入れた。予約したはずのシングル個室は、今日は空いていないとのことで4人部屋へ移され、思いがけぬ広さに身を委ねる羽目となった。両開きの窓がメイン通り側にあり、鍵がしっかり閉まらず常に隙間が空いていた。そのため喧騒が深夜の帳に溶け込みながらも聞こえてくる。でも、眠れないということはなく、むしろ雑踏の音はどこか妙に耳に馴染み、疲労の身を硬いベッドに沈み込ませてくれるような、柔らかな波音のような、自然に睡眠へと導いてくれるものだった。翌朝、ツアーの集合予定より15分早くロビーへ行くとそこには何人かの日本人旅人がソファに腰掛け、各々の行く先での旅の断片を語り合って...
2025.02.01 23:17新世界紀行 エジプトの旅21 ビーナスホテル12月30日。もし日本にいれば、あの、日本独特の年末の空気感に身を委ねて過ごしていただろう。でもぼくは今、エジプトにいる。8日間の大冒険の只中に――。午後8時5分。列車はほぼ定刻通りルクソールに到着した。定刻通りとは全く予想外だ。ホームを大勢の乗客が埋め尽くし、次々にホームへ流れ出てゆく。この混雑した車内のどこに、これほど多くの人々が潜んでいたのか。驚きを抱きつつも、その群れに混じり、ぼくは慎重に駅を後にした。なるべく旅行者然とした素振りを見せぬよう、キョロキョロするのを控える。駅舎を抜けると、そこには雑然たる都市の光景が広がっていた。
2025.01.25 13:17新世界紀行 エジプトの旅20 車内の揉め事 発車まで二十分ほどあった。しかし、電光掲示板などという便利な代物のないエジプトの駅だ。どのホームが目的地へ続くのか、どの列車に乗ればよいのか、皆目見当がつかない。早めにホームへ行って、探した方が良さそうだ。そう思い至った瞬間、Sさんとの別れが目前に迫っていることに気がついた。彼は駅のキオスクの傍に併設されたATMで、クレジットカードを使いエジプトポンドを引き出したいという。ぼくはその様子を見守った。「オレも明日にはルクソールへ向かおうと思う。向こうでまた会えるかもしれないね」 そう言いながら、Sさんはぼくに握手を求めた。 旅というものは、出会いと別れの連続である。それでも、脳というやつはぼくの感情や記憶をなんとか時間と共に癒してくれた。わずか半日、い...
2025.01.25 05:33新世界紀行 エジプトの旅19 商店街の物売り少年アスワンの街にてタクシーはアスワンの街中を静かに滑り、駅へと向かっていた。街並みは平坦でありながら、通り沿いに軒を連ねる商店が賑やかで、どこかのどかな活気を湛えている。地元の人々が行き交うその様は、異国情緒というよりも、何か懐かしい田舎町を思わせた。やがて、十五分ほどで駅に到着する。平屋の駅舎はこぢんまりとしており、その質素さが旅人の心を和らげる。駅前の広場はロータリーになっており、幾分余裕を持った造りだ。駅舎の内部もまた簡素で、切符窓口やキオスクが一つ二つあるばかりであった。改札というものは存在せず、切符は車内で車掌が回収するらしい。
2025.01.10 13:51新世界紀行 エジプトの旅18 アスワン駅へイシス神殿のあるフィラエ島は、わずか一周一キロほどの小さな島である。そのほとんどを占める神殿は、まるで島そのものが神域であるかのような錯覚をぼくに与えた。舟を降りた瞬間、微かな風が頬を撫でた。ナイル川の水面を隔てた向こうに見える神殿は、古代の記憶を宿しているようだった。ぼくはゆっくりと歩みを進め、その前に立つ。門と呼ぶべきか、壁画と呼ぶべきか、圧倒的な構造物が目の前にそびえ、中央の小さな入り口をますます狭く見せていた。この神殿には洞窟のような暗さはなく、青空の下に広がる開放的な空間がある。その青と石の対比が、ひときわ美しい。