朝、目覚めてカーテンを引き開けると、青空の下、あのピラミッドが静かに佇んでいた。
しばらくすると、50代ほどの日本人夫婦がやってきた。
ぼくがその後、午後からアスワンに向かうことを告げると、なんと武田夫妻も同じ目的地で、しかも翌日は同じアブシンベル神殿のツアーに参加予定だという。しかし彼らはツアーの予約すらしておらず、「なんとかなるだろう」という楽観的な態度を崩さない。自分が持っていないその無頓着さにぼくは驚きつつも、どこか羨ましくも感じた。
朝食をたっぷりと取り、疲労も睡眠不足もどこかへ消えていた。何よりも、澄み渡る青空が軽やかな足取りを一層支えていた。
そしてそこから、イスラム地区の最寄り駅へ向かう計画だ。
晴れた空の下、街並みは鮮やかに姿を現し、どこか終末を予感させるような景色が続いている。ふと「これは、まさかVRの世界ではないだろうか」と独りごち、苦笑しながらも、その不思議な感覚に包まれ続ける。
ミニバス停留所に着くと、何の標識もなく、道端に立つひとりの老人が目に入った。
「ギザ駅行きのミニバスは来ますか?」
幾分冷静なってから周囲を見回すと駅前のミニバス待機所を見つけてホッとする。旅の面白さとは、昨日と同じ場所でも、新たな感覚を与えてくれることなのだ。
無事にギザ駅から地下鉄に乗り込み、ハンハリーリ市場の最寄り駅「アタバ駅」に到着する。
駅を出た途端、目に飛び込んできたのは、無数の人々の群れ。彼らはまるでみすぼらしい衣装に身を包んでいるように見えた。しかし、それはこの国独特の服飾文化が、我々異邦人にはそう映るだけなのかもしれない。
地図通り、細い路地へと足を向ける。どうやらここが、あの有名なハンハリーリ市場の一角らしい。しかし、周囲は驚くほど静かだ。
地図がなければ、容易に迷ってしまうだろう。スマホの画面を頼りに、ぼくはイスラム地区へ向かって歩みを進めた。
エジプトといえば、カイロといえば、誰もがピラミッドを思い浮かべるだろう。しかし、ぼくが足を運んだこのイスラム地区の街並みもまた、古の風情を感じさせる素晴らしい景色が広がっていた。かつて訪れたウズベキスタンのブハラを彷彿とさせるような古いモスクやミナレットが立ち並び、その中には朽ちかけたものもあった。
時刻は既に十時半を過ぎ、観光客も次第に集まり始めている。
チケット売り場に並ぶ人影は少なく、列に並んだぼくはすぐに何か異変を感じ取った。
先頭に立つ客と窓口の店員が何やら言い争っている。前に並んでいた欧米人の老夫婦に尋ねてみると、どうやらチケット発行の機械にトラブルが発生しているらしい。無論、チケットがなければモスクには入れない。目の前のモスクには地元の人々が自由に出入りしているのに、観光客の姿はまったく見当たらなかった。
数分ほど列に並んでいたが、ぼくは早々に諦めた。エジプトで、機械の故障がすぐに直る訳がないのだ。
売り場の前にあるベンチに腰を下ろし、一息ついた。隣には警備員らしき男が座っていて、ぼくに気づくと肩をすくめてみせた。
「機械のトラブルで、チケットが買えないみたいですね」とぼくは話しかけた。
「ああ、そうだ。もうずっとさ」と男は苦笑しながら答える。「だから俺は暇を持て余してるんだ」
カイロの喧騒と混沌の中で、ぼくの旅は続いていく。市場の賑わい、崩れかけた街並み、そして時折感じる世界の終末を思わせるような風景の中で、ぼくは自らの存在を確かめるように歩き続けた。
昨日の到着時の小雨とは打って変わり、よく晴れた今日、高架道路から見下ろす雑多な街並みは、太陽の光を受けて輝いていた。
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