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北燕岳での瞑想を経て、 再び燕岳の山頂へオレは戻った。
すると、オレの隣りにテントを張ったKさんお二人がいた。
「あ、こちらに来てたんですね」
とオレが声をかけるとKさんは、
「そうなんですけどね〜」
と浮かない表情だった。
聞けば、今日は九州の大分から友人がこのために来てくれたのに、景色が真っ白で友人共々気分が沈んでしまっているのだという。
友人は、山頂で屍のように力なく座っている・・・。
あまりにも暗く落ち込んでいるので、そのままキノコでも生えてきてしまうのではないかと思われた。
「まあ、しょうがないですよね」
オレはそう言うしかなかった。外界が晴れていても山は曇ったり、雨が振ったり、時には雷雨。
登山では天候とうまく付き合うしかないんだ。装備も気持ちも、そして日程も。
Kさんは、去年もここへ来たことがあるそうで、その時は大絶景が見れたので、大分から来た友人と登るならそんなに時間もかからず比較的楽にアルプスに登れるこの「燕岳」を選んだのだという。
Kさんは、「もうビールでも飲むか〜」と友人に声をかけたが、やはり屍状態だった。
友人は金曜の仕事終わりに大分空港から名古屋空港まで来たというので、そのままKさんの車で三時間半のドライブで長野県安曇野市に来たため、体力的疲労もかなりのものなんだろう。
「じゃあ、先に戻ってるからな〜」
Kさんはそれだけ言うと、山頂に友人を置いて下山を始めてしまった。
仕方ないのでオレも続く。
オレとKさん、10分ほどで再び燕山荘に戻ってきた。
その10分で色々と話すことができ、すっかり打ち解けることができた。
しかし友人は大丈夫だろうか。
とりあえず見る景色もやることもないので、燕山荘の中を探検することにした。
客室廊下。 客のザックが棚に並んでいる。
新館への連絡通路。
この衝撃の実情。
どの場所にも、畳に①〜⑥まで番号がふってある。ここに一畳に2人寝るということだ。
これが二段ベッドの様に、下の段と上の段がある。
ここに、その日、居合わせた不特定多数の客が寝るわけだ。
無理っす・・・。 オレは無理っす。
そもそもオレは山はおろか、山小屋にも泊まったことなどない。
テント泊の前に山小屋泊からという考えもなかった。
まず、オレは人のイビキが、
大の苦手だ。
自分の親父がイビキかきなもんで、小さい頃から嫌で嫌で仕方なかった。
なので、不特定多数の、しかもその大多数はオッサンである山小屋で寝るなんて無理だ。
しかも、ほぼ密着して寝るなんて・・・・。
しかも、夏場、最強に匂いがきつい・・・汗どうすんの山小屋でよ・・・・。
廊下を挟んで、両側に部屋がある。もちろん一畳に2人寝る。上段と下段。
上段にはハシゴで上がる。
オレとKさん、2人して、
「これは無理だわ」
しかし、ここ宿泊料は一泊二食付きで土曜日は14500円もする。 7月後半から8月下旬までのハイシーズンは毎日その金額。。。。 寝る場所、1人半畳なのにおそろしく高い金額だ。
それでも、シーズンは600人収容の部屋が満室になるそうです。
すごいビジネスだ。山小屋ビジネス。
もちろん、登山は足の弱い高齢の方もする。そういった方は、テント泊のような重装備は無理だし、食事もついて畳で寝れる山小屋は本当に大切で貴重な施設なのだ。
友人さんはひとりで燕山荘まで戻ってきたので合流。
相変わらず、元気がない。
そこでKさんが、
「もう宴会だな、宴会」
「まだ3時だぜ」
「早く食って早く寝ようぜ」
「ホントにこのテントに2人寝るのかあ?」
などという会話をしつつオレたち3人は、燕山荘のテラスへ行って、お二人はビールをオレは飲めないのでコーラを購入。
ということで、景色真っ白の中、15時より宴会スタート。
鍋をします。お二人はビールを何杯も飲んでいました。
専門学校時代のご友人同士とのことで、それから10年以上経つとのことでした。
7月下旬にKさんが出張で、九州へ行き、その時に一緒に飲んで、酒の勢いで今日の登山を決めたという。で、ご友人は昨日仕事終わりに大分から名古屋へ来て合流し、三時間半かけて長野へ、そして車中泊、早朝から登山・・・。
15〜17時過ぎまで2時間以上飲み食いしてましたが、一段下のテントのお父さんと子供の親子2人はテント内でずっと昼寝していて、お父さんのイビキが2時間「ぐお〜」と鳴りっぱなしでした。
これは夜が、こわい。イビキ大嫌いなのに。
景色は真っ白でしたが、結果的に楽しい午後の時間となりました。
山での出会いにはいつも感謝です。
日が落ちる前から急激に寒くなり、お互いにテントに戻ることに。
オレは初テント泊ということもあり、また夏の終わりということもあり、どれくらいの防寒装備が必要なのか迷っていたけれど、やはり寒い!!
出発前に急遽一枚足してよかった。
実際に、寝袋に入ってしまうと、寒さは感じず、心地よかったので一安心。
それからは、何をして過ごしたかは記憶から飛んでいる。
たぶん、iPhoneでなにかこのことについてメモ書きをしていたような気もするんだけど覚えていない。
ふとして目を覚ますとまだ7時半。それでもずいぶん遅い時間に感じる。非日常の静けさや暗さがそう思わせるのだろうか。
トイレへ行こうと外へ出る。
ヘッドライトは持っていたが、月夜であったため明るい。
あれ、月が出てる・・・。
よくよく見回すと、霧が晴れ、うっすらと遠くの山々が見える。
晴れてる!
いそいでテントにカメラを取りに戻る。
三脚がないため、どうしてもブレるが撮影。
燕岳。
槍ヶ岳。
テント場。
テント場より、燕山荘。明るいのは月。人影もたくさん見える。
テントに戻って中に入ろうとしたら、Kさん達も外へ出ていたようで戻ってきた。
お互い、天気が好転したことにテンションが上っていた。
明日の朝、朝日を見ようと話し、その日はまた眠りについた。
オレが再び目覚めたのは深夜。
ひとり、テントの暗闇の中。それは、オレという小宇宙の空間のようだった。
その小宇宙には、近隣テントのオジサンたちのいびきの大合唱が入ってくる。
彼らは寝る前に担当の打ち合わせでもしていたのか、第三者どうしの、そもそも不旋律であるそれを妙にリズミカルにハーモニーを奏でる。
中には基本的には低音を鳴らすいびきに、絶妙に高音を入れてくる上級者もいるのだ。
加えて、誰かがテントのジッパーを開ける音が聞こえ、トイレにでも行くのか、地面の砂を踏む、ジャリッ、ジャリッ、とした登山靴の乾いた音も聞こえてきた。
その人が帰ってくる頃には、とうとう目が冴えてしまい、どうしたもんか、とぼんやりしていた。
そのうち、なんだかオレもトイレに行きたくなり、外へ出ることにした。
テントの中より、よっぽど外のほうが明るい。
ヘッドライトは手にしていたが、オレはそれをポケットにしまった。
満月とはいえないが、立派な月が全てを照らしていた。
世界が青白い。
灯りなんてない山頂だけれど、トイレに行く分にはは問題なさそうだ。
今度はオレが、ジャリ、ジャリと音を立てて歩く。気を使って歩いてもどうしてもその音は出てしまう。さっきの人はちゃんと気を使って歩いてくれていたようだ。
トイレから戻って改めて山の稜線から、世界を見渡す。槍ヶ岳が、雲海からその全体を見せ、天に登っていくようだった。
北アルプスの、その連なる山々の巨体が、龍の背中のようにさえ見える。
そのさらに上に浮かぶ月の明かりは、まるで夜の闇の向こうに別世界があり、ぽっかりと穴が開いてそちらの世界の光りを届けてくれているようで、あるいはそれは手を伸ばせば掴めそうなほど明るく、今この瞬間、オレの生きる世界に光りを届けていた。
オレは、岩場に腰を下ろしてそれらをしばらくぼんやり眺め続けた。
④へ続く。
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