パブストリートのレストランで夕飯を済ませ、ナイトマーケットでも見ていこうかと観光客でごった返す道を歩いていた。
高層ビルや雑居ビルこそないが、雰囲気は新宿や池袋の駅周辺の飲み屋街のよう。そこをトゥクトゥクのドライバーが客探しをしていたり、リアカーの屋台がなにやら不明な食べ物を売っていたりする。
夜になって、昼間のようなうだる暑さは引いたものの、汗かきのオレは歩いているだけで汗が出てくる。それを首にかけたUVER world のマフラータオルで拭く。
目の前をトゥクトゥクが走っていき、巻き上げる埃と空気がカンボジアの人々の熱気に満ちた異臭を感じさせた。
オレの前を、初老の欧米人の男と、おそらくカンボジア人だろう若い女の子がこのクソ暑いのに肩を寄せ合って歩いている。 そういえば、パブストリートで夕飯を摂った時も、近くのテーブルでは日本人らしき男2人と現地の女の子と思われる四人が向かい合って座って食事をしていた。
タイのバンコクをはじめ、東南アジアの都市は遺跡や寺院観光の経済効果と共に売春によって栄えてきたとも言える。カンボジアのシェムリアップもそのひとつなのだろう。
農村部の人々の貧困が背景にあるのは事実。売春によって、その子やその家族が助かっているのも事実。金に物を言わせて、世界中のオジサン共が集まってくるのも事実。売春する子に雇用を与え、働くことの素晴らしさを知ってもらい、未来に明るい考えを持ってもらおう、と活動している人たちがいるのも事実。
知らなくてもいい現実はいつだって、無秩序にオレたちのまわりに存在する。
ホテル前まで戻ってくると、マッサージ屋に目が行く。
あの子がいた。 同僚がいじるスマホを隣に座って一緒に何か観ている。
そういえばスマホが買えなくて、ガラケーなんだっけ。寝る所もマッサージ屋の二階なんだっけ。 もしかすると、そういうのも同情を売りに何かしてもらおうという、世界共通お水の女性の手なのかもしれないが。
実際、所々で、前の日と言っていることが違っていることもあって、嘘をついているのか、それとも英単語がよく分かっていないのか。
どちらにしても3ドル(約330円)で1時間も足をマッサージしてもらえるなら、そしてそれでこの子の稼ぎになるのなら、滞在中は毎日でも来ようと今夜も足を止めた。
日本人顔で、肌だけは東南アジアの色黒。長い黒髪を頭の上で束ねて、少しふっくらした腕も顔も愛らしい。 店内にはお客はいないようだ。繁華街のマッサージ屋は常に外国人客が出入りしているのに、ここは中心部から離れているため客の入りはいつもぼちぼち。
スタッフみんなで店先の椅子に座ってスマホをいじっている。商売する気があんのかと、失笑してしまう。
その光景をジッと見ていたオレにその子が気付き、大きく手を振ってきた。
「カム ヒアー!」
笑うと目が少し細くなるその笑顔は、たった数日間の異国生活なのに脳裏に焼き付いて離れないものとなった。
名前は、マブという。
「お客はいないんだ?」
「そう、ひまなの」
そう言って彼女は、オーバーに手を上げてジャスチャーをした。
「じゃあ、フットマッサージをお願いするよ、1時間。」
「うん、じゃあ入って」
よっぽど暇だったのか、そう言ってマブは椅子から飛び上がって喜んだ。
彼女に恋心のような感情を寄せる気持ちなんてないけれど、オレが来たからなのかと、そうであったら良いと思ってしまうのは男の性なのか。
男はいつも勝手気ままに会いに来て、女はいつもそれを待つ生き物なのだと歌う演歌があった。
文豪、川端康成も小説「雪国」の中で、主人公島村とヒロイン駒子にそんな会話をさせていた。
オレももしかしたらそんなものなのかと、そこは否定できず、腹に溜まった息をふうっと吐きだした。
他のスタッフは、もう見慣れたのか、オレのことをまるで気にかけない。マブが全部対応すると分かっているからだろう。 スタッフも他の客もいない店内。ラジオなのかCDなのか、カンボジアの歌が程よい音量でスピーカーから流れている。
真ん中のソファにオレは座った。
マブが足拭きタオルと、足乗せ台を持ってきて、オレの前に腰をかけた。 手慣れた手つきで、オレの左足を持ち上げて台に乗せ、濡れタオルでふくらはぎを拭き始める。時折こちらを見て、「OK?」と聞き、オレも同じ言葉を返す。
一通り拭き終わると、今度は何か香りのするオイルを少量手に取り、ふくらはぎに塗りながらマッサージを始める。 日本のようなクオリティだとは思えないが、いつも終始一貫して同じ流れなので、適当にやっているわけではなく、それなりにもみ方や流れを覚えてマッサージをしているのだろう。
あいさつや簡単な会話しか英語でできないため、オレは時々翻訳アプリで日本語からクメール語に変換してその画面を見せる。マブはまるで小学生の国語の音読のようにやたらゆっくり、そして自らに言い聞かせるかのように小さな声に出してそれを読み、読み終わって初めて納得するのか「あ〜」となんどもうなずく。
たぶん、翻訳された文の文法やら単語が変で、読みづらかったんだろう。もしくは字の読み書きが苦手なのか。 でも、オレはそのやりとりがおもしろくて、翻訳画面を見せる度にマッサージをする彼女の手を止めさせた。
客は来ず、ずっと2人だった。オレはたまに外を眺めてはスタッフたちがスマホをいじっているのをぼんやりながめたりした。
きっちり60分で終わる。
マブはふう〜っと息を吐いて「フィニ〜シュ」 とお決まりの言葉を言う。
「ありがとう」 オレは台から足を下ろす。
「ねえ、明日も来る?」
マブからそう聞いてくるようになった。そしてオレは決まって「うん、またこの時間に」と言う。
でも、明日、か。
帰国日だった。ホテルもチェクアウトしなきゃいけない。 まだ行きたい遺跡もあり、ミスターマオにトゥクトゥクを頼んである。フライトの搭乗時間を考えると遺跡からまた市街地へ戻ってきてここに寄る時間の余裕は、実はなさそうだった。
「たぶん、また来るよ。」
ホテルのすぐ前だからと、ちょっと寄ったマッサージ屋で会ったマブ。また会いたいと思ってしまうのは情なのか。異国の旅で出会う人たちとは、もう二度と会うことはないだろう。そんな奥底にある気持ちが、いっそう旅を輝かせ、豊かなものにしてくれる。けれど、雫のように葉から滴り落ちる、その僅かな寂しさは、やっぱり否定はできないんだ。
「じゃあ、待ってるね」
彼女は目を細くして微笑んだ。
彼女はオレが渡した料金3ドルをレジにしまうと、次に冷蔵庫を開けて缶コーラを2本取り出し、片方をオレに差し出した。
「飲もうよ」
てっきり店の物なのかと思い、それでも1ドルくらいだろうと思ってオレはコーラを受け取っておいて野暮ったく「えっと、いくら?」なんて聞いたけれど、彼女は苦い顔をして「ノー、フリー」と言って顔を横に振った。 コーラなんてもらっている客は見たことがない。サービス、というよりは彼女がオレに対して客を越えた気持ちを抱いてくれた表れなのかもしれない。 だとしても明日には帰らなきゃなのに、オレは。
外へ出て、暇なスタッフたちに混じって一緒に店のベンチに座り、冷たいコーラを飲む。カンボジアへ来て、もう何本コーラを飲んだろうか。一年中暑いここには夏っていう感覚なんてないのかもしれないけど、酒を飲まないオレはやはり暑い時に飲むコーラがうまい。日本のコーラよりも甘く感じるのは気のせいかな。
夜の8時過ぎ、店の前の大通りは相変わらず観光客が歩道を歩き、次から次へと左右にトゥクトゥクが走り抜けていった。
「これから、ご飯なの」
マブがどこからか自転車を持ってきた。どこかへ行くようだ。
「まだ食べてなかったんだ」
「すぐそこ。あなたも行かない?」
そう言って、後ろに乗れというジェスチャーをした。
⑮へ続く。
0コメント