2018.11.11 09:02パリ組曲㉖ 帰国彼は、エッフェル塔近くのカフェに入り、テラス席に腰を下ろした。その傍らにはスーツケース。ホテルはすでにチェックアウトした。 交差点の角にあるカフェだったが、新年のためか車通りは少なく、落ち着ける雰囲気であった。赤い椅子が印象的であり、引き寄せられるように彼はそこに足を踏み入れた。
2018.10.08 08:31パリ組曲㉕ 「また、会えますか?」「部屋のカギがありません。カードキーです。」 ミヒャンの空港送迎車が、朝9時に来ることになっていた。そのため、8時にはミヒャンのホテルへ行き、チェックアウトを済ませ、朝食を摂ってのんびりしよう、そう話していた矢先だった。彼女は二日目の夜から谷川のホテルで寝ていたため、そのカードキーを使ったのは初日だけ。どこへしまったのか忘れてしまっていた。 「バッグの中に入れたと思っていました。でもありません。」 「もしかしたら、どこかで、落としたかな。」 ミヒャンはベッドの上に荷物をひっくり返して探す。結局カードが入っていたのは財布の中。 「バッグじゃなくて、お財布の中でした。」 谷川は、ふう、と安堵のため息を吐き出しつつ、そんな...
2018.09.24 03:36パリ組曲㉔ 「今夜も抱きしめて寝てくれますか?」パリまで約3時間半。到着予定時刻は23時。時間はたっぷりある。 「では、みなさま、到着までしばらくお休みください。また、サービスエリアが近くなりましたらアナウンスにてお知らせいたします。」 添乗員さんの案内があった。 電気を消されたバス車内では、ところどころで客たちの話し声が聞こえはしたが静かなものだった。モン・サン・ミッシェルを離れると夜景というようなものは何もみえない。農村地帯の家の明かりが時折目に入る程度だった。フランスには、パリと田舎がある、と言われる意味が分かった。 ミヒャンは暗い車内で、今日ケータイで撮った写真を一枚一枚丁寧に眺めていた。 「タニガワさんを撮りました。」 見ると、彼が気づかぬうちに撮ったのだろう、...
2018.09.22 02:43パリ組曲㉓ モン・サン・ミッシェル観光モン・サン・ミッシェルを望む橋の階段に腰を掛けて、村のパン屋で買ってきたパンを頬張る。 大きなフランスパンに、ハムとレタス、それにマスタードが挟まれている。 おそらく本来は食べやすい大きさに包丁で切って食べるのだろう。一口かぶりつくだけでも大きな口を開けてパンを突っ込まなければならないほど。 「谷川さん、そのパン、すごいですネ。」 谷川が手に持っているそのパンに、ミヒャンが突然かじりつく。ところがフランスパンが固くて噛み切れず、犯人を捕まえた警察犬のように離さない。谷川も面白がって、フランスパンを右に左に引っ張るとようやくミヒャンが噛み切ることができた。フランスパンには、しっかりと歯型状に跡が残っている。 「わー、とてもおいしいです...
2018.09.10 13:12パリ組曲㉑ モン・サン・ミッシェルへ。「今日は、モン・サン・ミッシェルへ行きます。」早朝6時前、ミヒャンの独り言で彼は目を開けた。 朝の9時頃になってようやく明るくなるこの時期のパリではこの時間ではまだまだ深夜のように暗く、静けさに包まれている。起き上がるのがつらいほどの眠さだったが、7時10分出発のツアーに遅れるわけにもいかない。 「起きましたか?」 ミヒャンがTシャツスウェット姿でベッドの上の谷川に微笑みを送った。 独り言だと思ったミヒャンの言葉は、自分に向けられていたのだと彼は薄目を開けて気づく。 「君はもう起きてたんだね。」 「遅れてはダメだ、日本人は10分前には必ず集まるのが文化だ、と谷川さんが言いました。」 そういえ...
2018.08.26 15:00パリ組曲⑳ 「ワタシのことも思い出しますか?」 サクレ・クール寺院へ行ったその午後、2人がサン・ラザール駅前のカフェで昼食をとっていると、予報通り雨が降り始めた。またすぐに止むかと思われたが、そのまま勢いを増し、結局2人はミヒャンが持ってきた傘でなんとかずぶ濡れを免れ、かけ足でとりあえずホテルまで戻ってきた。
2018.08.03 13:22パリ組曲⑲ 祈る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パリ滞在、4日目の朝、ミヒャンは谷川のホテルでむかえた。 彼女のたいていの荷物はもうここにある。残るパリの夜をここで過ごすことにしたようだった。谷川はそれを尋ねはしなかったが、そう察していた。 察する、という心理的作業と共に谷川は今まで生きてきたような気がする。 はっきりとは聞かず、きっとこの人はこういう考えなのだろう、こういうことが言いたいのだろう、と感じては脳裏に浮かぶ疑問を消し去ってきた。 何も聞かず、雰囲気で感じ取る。人間関係においてそれは時に効果的で、時に関係を歪ませた。 察することで、彼はいつも感情を表に出さなかった。怒ったり、悲しんだりする必要もなかった。 覚...
2018.07.15 09:38パリ組曲⑱ 乞う者 彼らはルーブル美術館に3時間ほど滞在した。 名のしれた絵画や彫刻は、館内図に記載があったり、通路に案内表示が出ていたりしたが、他のものは場所がさっぱりわからない。そのため元々は宮殿や要塞であった迷路のような館内を迷いに迷い、係員に聞きながら目的の美術品を見て回った。 さすがにヘトヘトになり、地下のフードコートで遅めの昼食を摂る。パンやサンドイッチやドーナツが主なメニューであったが、相変わらず日本円で考えてしまえば高額な支払い。高いですねえ、とミヒャンが苦笑いをしながら水を買う。 休憩を経て、さて動こうかというときには時間は午後二時を回っていた。 地下から地上へ出ると、まだルーブル美術館前は長蛇の列が続いていた。その日は8時までの夜間開館日...
2018.06.24 09:12パリ組曲⑰ モナリザと対面する。 ・・・・・・・・・・・パリ・メトロplace de clichy駅から、ルーブル美術館近くの駅へと乗り継いで向かう。 首都の、しかも中心部に位置する駅だ。さぞかし賑わっているのだろうと想像していたけれど、人が多いのはともかく、お店、いわゆる売店やショッピング通路のようなものは一切ない。ただただコンクリートの壁、頭上には行き先を告げる標識が設置してあるばかりで東京と比べると殺風景な印象であった。 加えて地下鉄構内を行き交い、すれ違う人々のファッションは想像していたような華やかさはなく地味で、冬で着込んでいるためか、あるいは周囲のコンクリートがそう思わせるのか、ファッションの街という強さは感じられなかった。 それらと比べミヒャンは小柄な身長では...
2018.05.12 15:24パリ組曲⑯ お互いの家族朝。そこはミヒャンのホテルの部屋だった。ドライヤーの轟音が耳に障り、目が覚める。ああ、ミヒャンが使っているのだな、と彼はぼんやりと思った。外はすでに明るいようだった。ということはもう9時近くなのか。 シャワーでも浴びたのか、彼女はどうやら洗面所にいるようだった。谷川が目覚めてベッドで横たわっている間もしばらくドライヤーの音は途切れなかった。 自分の口唇を触ってみる。まだミヒャンの感触を覚えていた。昨夜の、舌先に残る柔らかい感覚がまだ谷川の下腹部を刺激しようとしていた。 起き上がり、洗面所を見ると、Tシャツにジーンズ姿のミヒャンが髪を乾かしている。谷川に気付いた彼女は鏡越しに微笑みを見せた。 「オハヨウゴザイマス。」 「おはよ...
2018.04.21 15:42パリ組曲⑮ エッフェル塔の最寄りの地下鉄に乗って、ホテルのあるPlace de clichy駅へと帰る。夜9時を回る遅い時間であったが、電車内はおそらく観光客ばかりなのだろう、危険を感じるようなことはなく、おだやかな雰囲気だった。