クソ野郎のジャワ島横断記⑫ 人間を覗く

数年前に、ひとり訪れたインドネシア、ジャワ島、ボルブドゥール遺跡。    


ここに来て、オレはそこに過去の自分の姿を見ていた。視線の先に数年前の自分が立ちち、そして興奮の眼差しで遺跡を見上げている。  どんなこと、考えてたんだろうな。  


世界は、とんでもなく広い。  


いざとなれば、日本を抜け出して、オレはどこへでも行けるんじゃないか?  

だから今は、その自分がいる場所でやれることをやればいいんじゃないか?  

物理的な世界の広さは変わらずとも、思考の範囲を広げることで、生きられる世界が広くなったような気がした。   


高校生の頃、家族や学校のクラス、先生たち、そんな人間関係が、あるいは自転車や電車で行けるような距離が自分の世界だった。


それがまるで人生の全てかのような気さえしていた。


高校生という年代を考えれば、それはある意味事実でもあったが、つまりそのくらいの思考力の範囲で生きていた。  20歳を過ぎても、そういった「世界観」に変化を与えることはできなかった。若いからなんでもできる、と言われても死なずにいること以上に世界を広げることなどできはしなかった。


誰から何を言われた訳でもなく、やるべき事に、やりたい事に自分から動く。それができると、また新しいスタートを切れる。そんな気がした。そうだとすると、人は常に新しいスタートを切ることができ、何方向にも人生の道を伸ばしていくことができる。  


さて、遺跡のルートに沿って出口へと向かう。遺跡公園内の帰路のルート上には遺跡発掘時の写真などが展示された博物館があり、日陰の休憩所では多くの観光客が暑さにやられて顔を赤くし、うなだれて腰を下ろしていた。


  博物館を過ぎた出口までの通路は全て土産物屋で埋め尽くされていて、足を止めた客らになんとか買ってもらおうと皆必死で接客をしている。いらない、と立ち去っても、背中に聞こえてくる「いくらなら買う?!」という悲痛な声が、彼らの生活層を物語っている気がして少しばかり胸を痛めた。 


 時刻はちょうど1時。腹が減っていたが、何より暑さで喉が乾く。土産物屋に並んで定食屋もいくつもあったが、コーラだけを買い、持ってきた柿ピーを頬張ることにした。  




今度はバス停までのんびり歩く。遺跡入口を離れると、通りに並ぶ店は観光客相手ではなく、ミニスーパーや日用雑貨品店、床屋などが並ぶ地元の人々が利用するといった風の商店街だった。それ故ローカル感があり、歩きながら眺めていて楽しい。  


途中、床屋兼マッサージ屋があり、中を覗くと家族の姿が見えたのでオレは1時間だけ頼むことにした。どうやら一階が床屋、二階でマッサージとなっているようで、案内された二階は客を招く場所というよりは生活スペースであり、オレは恐縮したのだった。    


帰り、一見家畜小屋のように見える粗末なバスターミナルに到着するやいなや、再びオレは大声で呼ばれる。 


「ジョグジャ! ジョグジャ!」  


どうやらジョグジャカルタ行きのバスがちょうど出発間際のようだった。オレは走ってバスへ流れ込む。満席ではなかったが、どうやら学校の帰宅時間と重なったようで、制服を着た男子生徒たちが席を埋めていた。オレは慌てていたので本当にこのバスで合っているのか、後ろの席の男子に、

 「ジョグジャ?」

 と尋ねると、 

「イエス!」という言葉と共に笑顔を返された。 


すぐにバスは走り出す。帰路も乗り継ぎが良かった。たぶん1時間に一本程度しかないだろう。  走り出したって停まるバス停なんてない。運転手がどこでどの生徒が降りるのか、おそらく毎日のことなので覚えているのだろう、ひとり、またひとりと生徒がおもむろに席を立っては、スピードが緩まっただけの、停車などしないバスの、その開け放たれたドアから飛び降りていくのだ。  


彼らが去りゆく景色は、見渡す限りの田園風景。日本の田舎の原風景のような場所がまだここにはある。信号なんてないのでバスは快適に飛ばしていき、ものの10数分で学生たちは次々と走るバスから飛び降りて各自の帰路へとついた。  


ボロボロのバスは、ボルブドゥールから1時間ほどでジョグジャカルタのジョンボルバスターミナルへと戻ってきた。  


まだ夕方。   


せっかくなので、ジョグジャカルタ一番の繁華街「マリオボロ通り」を見に行くことにした。ローカルバス「トランス・ジョグジャ」に乗り換える。例によって係員が「どこまで行くのか?」と聞いてきたので伝える。


けれども、もう自分で路線図を見ながら乗り降りできるため安心感はあった。  

夕方のためか、次第にバス内は混雑し始める。

すると不意に係員が

「ここだ。ここからマリオボロまで歩いていけ」

とオレに叫ぶ。しかしバス路線図によればここではない。降りるべきバス停名を伝えても


「いや、いいんだ。ここから行ける。」


と彼が言うのでそれに従って他の乗客をかき分けてバスを降りた。  

降りたはいいが、しかし不意のことで現在地が分からない。路線図を見てキョロキョロしていると声を掛けられた。 


「どこに行きたいんですか?」  


片言の英語だった。見ると、高校生か大学生か、それくらいの青年が好意的な表情をオレに向けていた。彼が同じバスに乗っていたのを覚えてはいた。 

「マリオボロ通りに行きたいんだけど。ここではないよね。」 


「それなら、僕が案内できます。行きましょう。」  


彼はそう言うと手招きをしてすっと歩き出した。


 「歩いていけるのかい?」 


「はい、こっちです。」  


そんなにオレが困っているように見えたのか、それとも外国人に興味があったのか、いずれにしても着いていけば大丈夫な様子だ。  


グーグルマップと現地の地図があればさほど迷うことはないが、この青年の好意を無にする必要はないし、オレも話してみたかった。 


「どこから来たんですか?」  


青年は歩きながらオレを振り返り尋ねてきた。 


「日本だよ。君は?」 


「ぼくは、スラウェシです。」 


「スラウェシ・・・。」  


たしかインドネシアにそんな島があった。こっちの人たちは出身を島の名前で言う。日本で言うならば北海道とか、本州とか四国、九州、沖縄といった感じなんだろう。 


「そうです。スラウェシから来て、ジョグジャカルタに住んで高校に通っています。」  


高校へ行くだけで島を渡らねばいけないのか。それとも彼が優秀で、都市の高校へやってきたのか。


もしかしたらそうなのかもしれなかった。よく見ると身なりがきれいだ。


顔はどこか野球の大谷翔平に似ていて整った顔立ちだった。彼は日本文化についていくつか知っていて、特にアニメの「NARUTO」が好きだと話した。  


彼に連れられて歩いていると、たまたま大きな行進とすれ違った。国旗のカラーになっている赤白の服や帽子を着用し、馬に乗っている人もいる。


そういえば明日8月17日がインドネシア独立記念日ということだ。街中のどこもかしこも国旗や国旗カラーを取り入れた物で溢れ、通りを彩っていた。 


 そのせいもあるのか、青年に案内されてたどり着いたマリオボロ通りは新宿や池袋のような喧騒と多くの人で賑わっていた。けれど2階建て以上の高い建物がないため圧迫感がなく、むしろお祭りのような陽気な開放感があった。 


「マリオボロのどこへ行きますか?」  


青年が微笑みを向けてきた。目的地まで案内してくれるつもりなのだろう。オレは特に場所なんて決めていなかったけれど、少し考え、ガイドブック「地球の歩き方」を開き、ATM利用と腹ごしらえをするためにデパートを指さした。 


「ここはどこかな?」


 「それならこっちです。」  


外国人、という立場でしか味わうことのできない親切さに、申し訳なさと感謝が相まってオレは青年に「コーヒーでもどうか」と誘ったが、帰らないといけない、とあっさり断られてしまった。


本当にこの青年は、親切だけでオレを案内してくれたのだと気付き、感動すらした。彼とはデパートの入り口で固い握手をし、別れた。  


ATMでインドネシアルピアを出し、そのデパートの一階にあったマクドナルドで小腹を満たしてから、オレはマリオボロ通りにくり出した。

と言っても、観光通りなどすぐに飽きてしまい、結局は大通りから一本反れた、陰気で湿った空気の流れるダークな雰囲気を醸し出している路地裏を見つけては入り込んだ。


そこの住民から奇異の視線を浴びながらオレは半分取材気分で、夕暮れの薄暗さと共に屋台や夜の店に明かりが灯ってきた。  


おそらく春を売っているであろう女性から声をかけられては、逆にこちらから出身地やら、どれくらい働いているかなんぞを聞いてみる。聞いたこともないような地名、あるいは島の名前が出てくる。オレがまったく気がないのを悟られてしまうと彼女らもまた別の客を探して去っていく。  


ジョグジャカルタ。一大観光地の裏には必ず観光客を食い物とする、外気とは隔絶されたような場所がある。そこでは少し人間模様を覗いてから帰路に着いた。  


夕飯は昨夜と同じレストラン。  


ウェイターのアルバイトの女の子がオレに気付いてくれ、笑顔を見せてくれた。  


明日も食べに来たいけど、これで最後なんだよな。そうインドネシア語で伝えられたらいいのに、と思った。

おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

0コメント

  • 1000 / 1000