新世界紀行 エジプトの旅22 馬車の旅

夜のルクソールに降り立ったその日、ぼくは、宵闇に紛れるごとく日本人歓迎宿「ビーナスホテル」に足を踏み入れた。


予約したはずのシングル個室は、今日は空いていないとのことで4人部屋へ移され、思いがけぬ広さに身を委ねる羽目となった。


両開きの窓がメイン通り側にあり、鍵がしっかり閉まらず常に隙間が空いていた。そのため喧騒が深夜の帳に溶け込みながらも聞こえてくる。


でも、眠れないということはなく、むしろ雑踏の音はどこか妙に耳に馴染み、疲労の身を硬いベッドに沈み込ませてくれるような、柔らかな波音のような、自然に睡眠へと導いてくれるものだった。

翌朝、ツアーの集合予定より15分早くロビーへ行くとそこには何人かの日本人旅人がソファに腰掛け、各々の行く先での旅の断片を語り合っていた。
家族連れもいれば、ぼくのように一人旅もあり、互いの見知らぬ境遇に、一縷の共感が垣間見える。

皆で話し込んでいたその時、フロントの傍らに、英語を流暢に操る方が声を荒げて宿の主ハッサンに強く詰め寄る姿があった。



アジア人であることは見た目で分かったが、ずいぶん流暢な英語で大声で怒鳴り散らしているので日本人ではなく、日常的に英語を使う香港人かシンガポール人か中国人あたりだろうと思い、あまり関わらないでおこうと思っていると、ロビーのほうへ来て、


「なんなんだ、まったく」と、独りごちる声が耳に入ってきた。


皆で事情を問えば、どうやら部屋の手配の不始末や、明朝の気球遊覧の申し込みに何やらオーナーのハッサンと相違が生じたことなど、不満が積もっているようだった。


それはそうと、この「Sさん」、ぼくと同じくこれから西岸のバスツアーに参加するという。


やがて、一人また一人とロビーにいた日本人たちは、それぞれの旅へ向かうためにホテルを後にし、残されたはぼく、Sさん、そしてもう一人の3名。西岸へと向かうツアーバスは来る気配が無く、既に集合の時間より30分を過ぎようとしていた。


いくらここがエジプトとはいえ、旅人であるぼくらに時間はない。


業を煮やしたSさん、再びオーナーに噛みつく。


オーナーも決してぼったくろうという気ではなく、ツアー会社との仲介役というだけであり、どうしたもんか困っていた。ツアー会社に連絡を取るが、なんともう席がないとのこと。


でたぞ・・・、申し込んでおいて行けないパターン。


ここへ来て暗雲が立ち込めた。


ここまでどうにか順調だった旅の計画が狂ってしまう。


オーナーのハッサンは、急遽、ホテルお抱えのタクシードライバーの「ハマちゃん」を呼び出し、ぼくら3人はそのハマちゃんのタクシーに乗り込んでツアーバスの後をついていくことになった。


ハッサンは困った様子で謝ってくれたが、ぼくらとて今日しか時間がない。
ピリピリした空気でハマちゃんのタクシーに乗りこみ、発車。これで何とか、西岸には行けるか、と少し安心していた矢先。
ハマちゃんが同じところを行ったり来たり。


「どうした?ツアーバスはどこ?」


Sさんが怒る。


ハマちゃん焦る。


「バスと連絡が取れない」


まさか、、、これは詐欺ではないか。


いや、宿泊客に詐欺をしたところで意味がないんじゃないか。


これで行けなかったらどうするんだ。。。


僕には1日どころか、半日の猶予もない。


ルクソール西岸をざっくり見て回るだけでも半日以上は必要だ。明日は昼前には空港へ向かわなければいけない。だから、西岸観光を明日にすることは無理だ。
何より、ついさっきまで予定通りだったはずの行程が突然狂いだす気持ち悪さが否めない。


ぼくの旅はとても綱渡りで、その日にそこへ行けなければ、つまりそこには行けないことになる。


どうする、、、





どうする、、、



焦っていると、Sさんが先に決断する。


「ハッサンに電話して、ツアーキャンセルして、自力で行く!」


どうする?!


ぼくはどうする?!


迷っている暇はない。


これだけ英語が流暢で、度胸があるSさんとなら、自力でも行ける気がする。
「ぼくも一緒に行きます!」


ハマちゃんに再びホテルまで送らせ、Sさん、再びオーナーに怒鳴り散らす。


そしてツアー代として払った25ドルを返金してもらうことに成功した。



もう、すげーな、この人。



ただ、振り出しに戻っただけで何も解決していない。



振り出しどころか、マイナスだ。今朝までツアーバスで行けると安心していたのに、突然、今、自力で西岸に行くことになった。


まず、西岸へ如何にして行くか。
こちら東岸から反対の西岸へと向かうタクシーは稀で、また料金は高額のため自力で行くことにした意味がない。



そこで、ナイル川の舟着場にある公共のフェリーに乗り、川を渡った先で再びタクシーを探すという案が現実的だった。



思考と判断力と決断が早い点でぼくとSさんは少し性格が合うようだった。何せ、海外一人旅をする人は、当たり前だが1人旅を好む。わざわざ現地で誰かと一緒に1日ずっと行動しようなどとは思わない。



「地球の歩き方」の地図とGoogle マップを頼りに、ぼくらは徒歩にて舟着場を目指すこととなった。途中、偶然声をかけて来た馬車の運転手が、わずか1ドルでそこまで乗せていくと言うので馬車という旅情を1ドルで味わうのも良いと考えて乗ることにした。



もちろん事前に「1ドル以上は絶対払わないよ」と伝える。



しかし、舟着場に近づくにつれ、大型の船が並ぶのみで公共のフェリーは見当たらない。


ここじゃないのか。どこだろうと考えていると、今度はまた別の馬車が現れた。父子らしき、整った英語を操る中年の男とその子が、声をかけてくる。
「どこへ行きたいんだ?」


しかし、Sさんが一蹴し、「タクシーを捕まえるところだ。ノーセンキュー」と、冷ややかに断るのであった。


それでも、公共フェリー乗り場への道は依然として徒歩では遠く、遂にはその馬車をチャーターしてみようかと話しあった。


交渉の末、彼らは西岸の主要観光地を巡る一日チャーターを、総額15ドル、つまり一人当たり7.5ドルという、ツアーバスより安い金額となった。


旅の途中で馬車に乗り、旅情を味わいながらまるで現実と幻想の境界を曖昧にするかの如く、その移動方法に惹かれた。


こうして、ルクソールにおける、計画通りとは全く言いがたい奇妙な一日が、旅人としての覚悟とともに幕を開けた。



エジプト、ルクソール。

高校生の頃から憧れていた遺跡のある都市。


そういった幻想と現実の狭間に揺れる旅情は、まるで古の叙事詩の一節のように、淡く、儚く、いつの間にか消えていってしまいそうでありながら、突然始まる旅に新たな彩りを添えていた。



おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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