新世界紀行 エジプトの旅21 ビーナスホテル



12月30日。
もし日本にいれば、あの、日本独特の年末の空気感に身を委ねて過ごしていただろう。


でもぼくは今、エジプトにいる。8日間の大冒険の只中に――。


午後8時5分。


列車はほぼ定刻通りルクソールに到着した。定刻通りとは全く予想外だ。
ホームを大勢の乗客が埋め尽くし、次々にホームへ流れ出てゆく。



この混雑した車内のどこに、これほど多くの人々が潜んでいたのか。


驚きを抱きつつも、その群れに混じり、ぼくは慎重に駅を後にした。なるべく旅行者然とした素振りを見せぬよう、キョロキョロするのを控える。


駅舎を抜けると、そこには雑然たる都市の光景が広がっていた。


馬車と車が無秩序に行き交い、タクシーの客引きが声を張り上げる。


埃まみれの空気が鼻を刺し、ゴミの散らばる通りには、埃と排気ガスが漂い、光が照らす白く濁った空気が地上を覆っている。



異国の息吹は濁りながらも熱く、ぼくの胸を躍らせた。


駅舎は神殿を模した建物であるらしい。でも立ち止まって眺める余裕はない。


宿へ向かうために、一度Googleマップで場所を再確認しておきたいが、こんなところで無闇にケータイを出せば盗られる危険もあるため、駅舎に寄りかかって背後を守りつつケータイを出してマップを確認。



宿は駅から近い場所を探して取っておいた。駅の到着が夜になるだろうことは予想していたし、そこでまた宿が遠いと心的負担だ。知らない土地でタクシーを掴まえるだけでも一苦労する。また、観光にも良い場所で、日本人の客も多いらしく、クチコミ評価も高かった。


ここしかない。そう考えた宿だった。


今朝は朝3時半起き。


往復4時間のアブシンベル神殿から無事戻ってきた。


間髪入れず、イシス神殿へ。船頭との交渉を仲間とこなす。


間髪入れず、アスワン駅へ。


チケットが無事買えるのか。乗れる電車はあるのか。


不安と緊張と興奮が次々に入れ替わり、まったく気が休まる時間はなかった。
まるで今向かってる宿が旅のゴールかのように、ぼくは「もうすぐだ。もうすぐ」と声に出していた。


通りの雑多なネオンの明かりが乱反射する中、ビーナスホテルの明かりだけは白く清らかだった。それは荒野に浮かぶ一片のオアシスのように、疲れ切ったぼくを迎え入れた。


小さなフロントにはオーナーが立っていた。


「ハッサン」という名のオーナーは、どこか親しみを感じさせる人柄であった。妻が日本人だということもあり、彼のもてなしはどこか日本の習慣を思わせた。


ミネラルウォーターは、ロビーにある冷蔵庫から飲みたいときに持っていってよいとのこと。


また、初日の夕飯のみ、サービスしてくれるとのことで2階の食堂で行ってくれとのこと。
それと、本日、最後にやっておかなければならないことが残っている

「明日のルクソール西岸ツアーを申し込みたい」とハッサンに伝える。


ここ、ルクソールはナイル川を挟んで西岸と東岸に分かれていて、ツタンカーメンの王墓がある「王家の谷」は西岸に位置する。その他、西岸には遺跡が多く点在し、また、範囲も広いため、タクシーをチャーターするか、安く済む現地ツアーに申し込むのが一般的だ。


しかし、ツアーとて人数が限られているため夜8時過ぎに予約したいと伝えて枠があるのかどうか不安があった。


ハッサンはツアー会社に連絡を取り、大丈夫との返事だった。


アブシンベル神殿のツアーにも参加でき、イシス神殿に無事に行くこともでき、そして今回の西岸ツアーも申し込むことができ、このエジプトの旅の難関と考えていた旅程をこなすことができ、心からの安堵と喜びを感じていた。


これまで幾度かの難所を越え、ようやくここまでたどり着いたという安堵感が、ようやくぼくの心を包んだ。


そのせいか、不意に腹が減っていることに気づいた。


部屋へ行って荷物を置き、貴重品だけ持って食堂へ行くとそこにスタッフがいて、夕飯を用意してくれることになった。無料の夕食に、ぼくは期待をしていたわけではない。何か腹に入れられるなら何でも良かった。


ところが、ナン、炭火で炙られたチキン、豆のスープ、そして炒飯風のライスが次々と運ばれてくる。


一口、また一口――その味わいは予想を裏切るものだった。ぼくは無意識に「うまい、うまい」と呟きながら、夢中で食べた。


満腹感に包まれ、ぼくはひとり笑顔で天井を見上げた。




食後、ぼくは通りに面したホテルの外でタバコを吸った。


旅先でしか煙草を吸わない変わり者である。ゆえに、年に1〜2箱程度のスモーカーに過ぎない。


行き交う馬車や車、人々の喧騒を眺めながら煙を吐く。
その味は確かに格別だった。


途中、ホテル専属のタクシードライバーを名乗る男が現れた。ホテルのレビューに度々表れる名で「この人か」とぼくは妙に納得した。


「ハマちゃん」と自称するその男は、片言の日本語を操りながら、親しげに話しかけてきた。


「何か用があれば、いつでも呼んでくれ」と、彼は微笑んで言った。


おそらく人生でも指折りの、忙しく、刺激的で、とてつもない達成感の1日であった。




おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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