新世界紀行 エジプトの旅20 車内の揉め事


 発車まで二十分ほどあった。
しかし、電光掲示板などという便利な代物のないエジプトの駅だ。
どのホームが目的地へ続くのか、どの列車に乗ればよいのか、皆目見当がつかない。


早めにホームへ行って、探した方が良さそうだ。
そう思い至った瞬間、Sさんとの別れが目前に迫っていることに気がついた。


彼は駅のキオスクの傍に併設されたATMで、クレジットカードを使いエジプトポンドを引き出したいという。ぼくはその様子を見守った。


「オレも明日にはルクソールへ向かおうと思う。向こうでまた会えるかもしれないね」


 そう言いながら、Sさんはぼくに握手を求めた。


 旅というものは、出会いと別れの連続である。


それでも、脳というやつはぼくの感情や記憶をなんとか時間と共に癒してくれた。
わずか半日、いやたった3時間ほどを一緒に過ごしただけというのに、旅の途中の出会いは色濃く脳裏に残っていく。


 ホームへ上がると、同じ色のポロシャツを着た男がいた。制服らしい。ぼくは仕事に勤しむその男に声をかけた。


「この切符の列車はどこですか?」


 男は、切符にちらと目をやるなり、「もう来ている。こっちだ」と、あっさり答えた。


そして彼の後を追う間もなく、ぼくは線路を横断して歩かされることになった。日本ならば階段や通路を使って他のホームへ移動するのが常だが、ここはエジプトだった。


 男の早足についていくと、「これだ。座席は切符に書いてある」と言い残し、彼はすぐに立ち去った。


 乗り込んでみると、日本の車両とさほど変わらぬ作りだった。ただ、つり革がない。あまり立ってまで乗る客などいないのだろうか。


座席の汚れ具合を見ても、掃除が行き届いているとは言い難い。いや、掃除などする訳が無い。


ぼくの座席は四人掛けのボックス席だった。他に誰も座らなければ快適だ。


 あとはルクソールまでの1時間半、ローカル列車の旅を楽しむだけだ。8日間の旅の計画のうち、今日が最も難易度の高い移動と観光を伴う一日だった。その全てを予定通りにこなした満足感が、深呼吸とともにぼくの胸を満たしていた。


 17時。定刻通りに列車が動き出したことに驚く。エジプトなのに、日本と変わらぬ運行とは。



 ぼくのボックス席には誰もいない。


通路を挟んだ向かいに、中国人と思しき男が一人、大きなスーツケースとリュックを傍らに置いていた。彼もぼくと同じ青い紙の切符を手にしている。


 車窓には黄土色の家々の風景が流れ始めた。観光地ではない、ありふれた庶民の住まいがそこにあった。レンガ造りの質素な家々。


ぼくは、ピラミッドや神殿といった壮麗な遺跡ばかりを巡っていたが、こうした素朴な景色こそが旅の断片として深く心に残るものだった。


 発車して15分ほど経った頃、2つ後方のボックス席が騒がしくなった。細身のエジプト人の男と、長髪に髭を蓄え、サングラスをかけた欧米人の男。欧米人は、まるでジョン・レノンのような風貌だった。


 車掌が怪訝な表情で彼ら2人に何やら詰め寄っている。何を言っているかはさっぱりわからないが、もしかすると髭の欧米人が外国人料金の切符を持っていないのかもしれない。


 数分のやりとりの末、車掌はどこかへ電話連絡を入れた。


その後、なんとレスラーのような強面のスタッフが現れ、二人に詰め寄った。


ぼくには彼らの言葉が分からない。

ただ、観察する限り、細身のエジプト人の男はガイドで、髭の男は客なのだろう。しかし、ガイドがエジプト人の料金の切符で客を乗せたのが問題となり、違反金を請求されているのではないだろうか。


 髭の男はスマホを取り出し、観光写真を強面のスタッフに見せていた。まるで「オレはただの旅行者だ」と主張するように。しかし、ガイドの顔色は青ざめ、必死に何かを弁解していた。どこの国でも、嘘をつく者の表情は共通している。ぎこちなく、引きつった笑みがそれを物語っていた。


 車内は、彼らの尋問を見物するような空気に包まれていた。ぼくも、これを一種の娯楽のように眺めていた。


 そうしているとなんと車内販売がやってきた。


 こんなローカル列車にそんなものがあるとは予想してなかったため驚いた。
 しかも日本とは違い、多くの乗客が何やら買っている。


ぼくはルクソール駅で何も飲み物を買ってこなかったので、ペプシを一本買うことにした。

日本とは違い、車内での価格は街中と変わらず、なんだか得をした気分だった。
 

その間も、二人は騒がれ続けていた。職員たちに取り囲まれ、加えて集まった野次馬からも何か罵声を浴びせられ、最終的に違反金を払ったのか、騒ぎは収束した。

 そうこうしているうちに、定刻通りにルクソールに到着したのである。




おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

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