新世界紀行 エジプトの旅19 商店街の物売り少年

アスワンの街にて

タクシーはアスワンの街中を静かに滑り、駅へと向かっていた。街並みは平坦でありながら、通り沿いに軒を連ねる商店が賑やかで、どこかのどかな活気を湛えている。地元の人々が行き交うその様は、異国情緒というよりも、何か懐かしい田舎町を思わせた。



やがて、十五分ほどで駅に到着する。平屋の駅舎はこぢんまりとしており、その質素さが旅人の心を和らげる。駅前の広場はロータリーになっており、幾分余裕を持った造りだ。駅舎の内部もまた簡素で、切符窓口やキオスクが一つ二つあるばかりであった。改札というものは存在せず、切符は車内で車掌が回収するらしい。


事前に調べた通り、駅舎に入ってすぐ右手には外国人専用の窓口があった。


コロナ禍を挟み、変化する情報が入り乱れていて、下調べ当初、「外国人には切符を売ってくれない」や「その場合は乗りたい電車にとにかく乗って座ってしまい、車掌が来たら車内で買えば良い」などが散見された。



しかしコロナ後、外国人料金が設定されたらしく高額な外国人料金で買わねばならないが、きちんと売ってくれるようだ。また、勝手に乗りたい電車に乗り車掌が来ると切符をもっていないことで高額な違反金を請求されるらしい。



情報が少ない中、面倒なことは起こしたくないので外国人専用窓口で買うことを決めていた。その佇まいは簡素極まりなく、粗末な時刻表がA4用紙に印刷され、無造作に置かれている。


ぼくは窓口に近づき、次の列車を確かめる。5分後に電車があったが1等席であり、その1時間後のルクソール行きの三等車両があるという。その方が少し駅周辺を散策できそうだ。


3等席でも料金は15USドル――この地にしては少々高額だが、無事に切符が手に入る安堵感には代えがたい。



「俺も明日、ルクソール行こうかな」と、同行のSさんがぼそりと呟く。



彼は今朝アスワンに着いたばかりだが、既に今日、主要な観光地を回り尽くしたらしい。今日から2泊の予定らしく支払い済みで、宿の料金が1泊分無駄になることを惜しみながらも、彼の目は既にルクソールの方角を見据えているようであった。



商店街の物売り少年

発車までの一時間、駅前から延びる商店街を散策することにした。


Sさんと共に歩き始めると、通りの両側に様々な店が並び、食堂や雑貨店、カフェに混じって観光客向けの土産屋もちらほら見える。すると、どこからともなく、一人の少年が近づいてきた。年の頃は十歳ほど。彼は笑顔を浮かべ、何かを差し出している。


それは、エジプト古代文字のヒエログリフのアルファベット対応表を印刷した簡素なシールであった。ぼくは「いらないよ」と日本語で呟いたが、通じるはずもない。しばらく、ぼくらの横を着いてきたがそのうち嫌な顔一つせず手を振りながら立ち去った。その振る舞いに、ぼくもS氏さんも驚いていた。しつこく付きまとう物売りに慣れている身には、彼の素直さがかえって新鮮だったのである。


さらに商店街を進むも、その長さは予想以上で、どこまでも続いているようだった。


途中で引き返し、駅近くまで戻ってきた付近の商店で飲み物を買おうとした時、先ほどの少年が再び現れた。相変わらずの笑顔で、ぼくらにシールを売ろうとしている。しかし、心地の良い笑顔であり、その無垢な姿に、ぼくらは少年と何か話してみたくなっていた。


「この子と一緒に何か飲む?」とSさんが提案する。


ぼくは翻訳アプリを使い、「このお金で好きな飲み物を買ってきていいよ。ぼくらはペプシね」と伝えてみる。


金だけ持って逃げてもおかしくはない状況だったが、少年はペプシを2本だけ持ち帰ってきてぼくらに渡す。


「君の分も買っていいんだよ」と促し、一緒に買いに行き、「どれでもいいよ」と伝えると彼は嬉しそうに自分の分を手にした。その表情には純粋な喜びが満ちており、ぼくらも思わず笑顔になった。


少年との別れ

飲み物を飲みながら、彼の売り物を改めて見せてもらうと、ヒエログリフ が書かれているものの簡素なしおりだった。一つ10エジプトポンドだと言う。


約40円。

無料で配るような品質ではある。


Sさんは「せっかくだから買ってあげようかな」と言い、ぼくの分も含めて二つ購入した。少年はぼくらが本当に買うとは思っていなかったのだろう、驚いたような表情を浮かべながらも、また笑顔を取り戻した。



ぼくらが駅へ向かう道すがら、彼は手を振って見送ってくれた。振り返ると、少年は友人らしき者たちと駆け去っていった。その後ろ姿に、ぼくは旅の醍醐味を感じながらも、彼の未来に思いを馳せた。


旅の途上で出会う輝く瞳を持つ子供たち。


彼らに対して国際協力と呼べるような仕事などしたことはない。せいぜいボランティアだ。
子供らから物を買うことは良いのか悪いのか、国々でも、個々の考え方でも違うだろうとは思う。


でも、ぼくらの些細な行為が、彼らに何か小さな光を届けているなら、それは旅人にとって何よりの報いであるのかもしれない。


そして、何よりぼく自身が生涯忘れない出来事になっている。





おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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