新世界紀行 エジプトの旅16 強運と旅の仲間

10時の出発の時間がいよいよ迫っていた。


アブ・シンベル神殿を背にして、ぼくは砂漠の風に吹かれながらバスへと向かった。


その途中、ふとした偶然で再び武田夫妻と出会う。話の続きをしながら、土埃にまみれた道を並んで歩いた。


アブ・シンベル神殿――世界遺産第1号とも呼ばれるこの地は、移築の際に行われた巨大工事の記録を、写真の展示という形で伝えていた。ぼくははそれを一瞥し、背後に広がる歴史の重みを感じつつも、足早に立ち去らざるを得なかった。



どこの観光地にもあるように、帰路には商魂逞しい土産物屋が軒を連ね、店主たちが執拗に呼び込みをしている。興味はあったが、足を止める余裕はない。


武田夫妻とまたの再会と別れを告げ、バスに辿り着くと、出発まで残り二、三分という時間だった。


運転手の黒人男が、「こっちだ」と手招きをする。その仕草に、ぼくを覚えてくれているのだろうか、と、わずかな喜びが胸をよぎる。彼は乗客を数え上げ、時刻通りにバスを発進させた。



一人旅の果てに、こうしてミニバスツアーなどというものに参加すると、不思議な連帯感が生じる。同じく一人旅を選んだ者たちが集い、互いに「旅行者」という役割を楽しんでいる。その空気に、ぼくもまた和んでいた。


再び4時間――荒涼たる砂漠の帰路だ。


景色は往路と何ら変わることがない。しかし、ぼくは飽きるどころか、この一瞬を惜しむような気持ちで窓の外を見つめていた。


「藤井風」くんの曲「花」。


この旅のテーマソングに選んだ一曲を、ぼくは高音質のイヤホンで繰り返し聴いていた。その旋律は砂漠の静寂に溶け込み、ぼくの思考を自然と深い場所へ導いた。


昨夜から今日1日にかけての行程は、この旅の中で最も綱渡りと言えるものだった。


どれか一つでも予定が狂えば、後の計画は総崩れとなる。


まずはアブ・シンベル神殿へのミニバスツアー参加。


そして片道4時間の荒野を、無事に往復すること。


これがまずは絶対の条件だ。


無事に戻ってきたらそこからタクシーを捕まえ、イシス神殿のチケット売り場へ向かうこと。


さらに、チケット売り場の裏にある、イシス神殿のあるフィラエ島への船着場で、ぼったくりの船頭と交渉するために他の観光客を探して手を組んで一緒に交渉に臨むこと。


イシス神殿へ行けたとして、フィラエ島から戻ってきたら再びタクシーを捕まえアスワン駅へ行くこと。


そもそも、列車がある時間帯までにアスワン駅に到着できること。
外国人専用窓口でルクソール行きの列車の切符を手に入れること。
列車が大きな遅延なくルクソールに到着してくれること。


――これらほとんどをある種、「運」に依存していた。


しかし、ぼくはその、数々の運を味方につけていくことになる。


荒野が終わり、アスワンの街に入ってきた。


同じ宿に泊まっていた日本人の青年が通路を挟んで隣の席に座っていた。


ぼくは何気なく彼に声をかけ、これからの予定を尋ねてみた。青年は、このミニバスがアスワン駅まで行ってくれるらしいと告げ、そこで降りてルクソール行きの列車に乗るつもりだと答えた。ぼくも今夜ルクソールに向かうがその前にこれからイシス神殿向かうことを伝えると、彼はイシス神殿の存在すら知らなかった。



フィラエ島への船の船頭との交渉を考えると、一人きりで挑むのは荷が重い。ぼくは心のどこかで彼を仲間に加えられないかと期待していたが、それは叶わないらしい。



仕方がない――


また一人で道を切り開くしかないのだ。砂漠の景色が終わり、アスワンの街並みが目に入り始めた。


ミニバスがアスワンの、出発した場所に到着したのは予定よりも早く午後1時半頃だった。


早朝だった往路と違って、帰路は検問の待ち時間が一切なかったからだろう。

早朝に乗り込んだ場所へバスは戻ってきた。


降車口に立つと、見覚えのある姿が目に入った。


同じ宿に泊まっていた台湾人の男性が、私と同じようにバスを降りようとしていた。アブシンベル神殿のチケット売り場で言葉を交わした程度の縁でしかなかったが、どこか互いに親しみを覚えているのが不思議だった。


バスを降りると、先に彼の方から声をかけてきた。


「これからどうするんだ?」


ぼくは簡単に予定を説明した。すると彼もまた、イシス神殿を目指しているというではないか。船頭との交渉の難しさを彼も理解しており、同じ目的地を共有する仲間を探していたらしい。


なんという強運だろう。ぼくは心の中で小さな歓声を上げた。

彼は英語も堪能で、その落ち着いた口調には信頼を抱かせる何かがあった。同じ宿、同じツアー、そして同じ遺跡を目指す――これほど心強い同志が他にいるだろうか。


彼もまた穏やかな笑みを浮かべて「よし、一緒に行こう」と言った。


その言葉には、砂漠の広大さに負けないほどの力強さが宿っていた。


このような細部まで絡み合う偶然の糸が、旅路を織りなす。


ぼくたちは静かにその一歩を踏み出し、アスワンの陽光に包まれながら、新たな目的地へと向かった。






おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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