パリ組曲⑭

最寄りのRERの駅で降り、セーヌ川沿いに歩いていく。 

 


エッフェル塔が近づくにつれ、小雨だというのに路上にビニールを敷いただけの土産屋が通り過ぎていく観光客らに必死に声をかけていた。エッフェル塔が目の前に迫ってくるとその近辺では夜店が軒を連ね、様々な食事、土産物が視界に入ってきた。   



袂に到着すると、ちょうど7時。ぴったりの時刻にホワイトLEDが明滅するようになっているようで、観光客も一気に押し寄せたようでごった返していた。


世界中の観光客たちがエッフェル塔をバックに写真を撮っている横を通り抜け、空港のような手荷物検査を受け、敷地内に入る。   

 


 2、3カ所に列ができている。その先にはおそらくチケット売り場。あまりの混雑のため、2人はとにかく並べる列に並ぶことにした。けれどもしばらく経って電光掲示板の表示を見ると、フランス語に続いて英語が流れた。 


Stairs only.  


 階段専用? 

谷川としては珍しく特に何も調べないで来てしまったが、「地球の歩き方」を見ると、どうやらエッフェル塔に登るには階段とエレベーターの2つの方法があり、それぞれ料金がちがうようだ。 


「ねえ、ミヒャン。ここ、階段専用だって。どうする? エレベーターのほうへ並ぼうか?」 


「ワタシは大丈夫ですよ。今、調べました。階段のほうが安いです。それに、途中からはエレベーターが使えるみたいです。」


 「でも、大丈夫? 階段は大変だと思うけど。」 


「大丈夫デス。ワタシ、普段マラソンします。それに、仕事へは自転車で行きます。クロスバイクですよ。」 


「そうなの? オレもたまに乗っているよ。」  

ミヒャンと谷川は、そういった他愛もない些細な共通点がいくつもあった。グループや集団を好まない谷川にとって、趣味なんてものはひとりの世界そのものであり、誰かと一緒に何かしようなどと考えたことなどなかったのだが、彼女との会話の中に同じ物を見つけると、なぜだか嬉しく思うのだった。 


チケット売り場は、長蛇の列でなかなか進まなかったが、2人はそんな趣味の話をしながら時間を持て余すことなく過ごす。 


夜だからなのか、それとも階段専用だからなのか、はたまた冬で寒いからなのか、並んでいる観光客は若者グループやカップルの姿が多い。そのためか、ミヒャンが谷川の手を握ってもそれは自然のことのように思われた。


谷川はというと、男性としてやはりそれが嬉しいという単純な気持ちと素直に握れない恥ずかしさと、加えて冷たい彼女の手に驚き、彼は慌ててバッグからホッカイロを取り出し、 「どうして君の手はいつもそんなに冷たいんだ。」 と口から零してその場を誤魔化した。


1時間も並び、ようやくチケットを購入した2人は階段を登り始める。  

途端、ミヒャンが手を離して駆け足で登り始めた。 


「寒いので、ワタシ、走ります!」  


谷川も続いて登る。前も後ろも、若者ばかりで皆、溢れ出る笑顔を表情に添えて、世界的に有名な塔の階段をかけ上がっていった。  

エッフェル塔、第一展望台へ到着。階段組はここからさらに第二展望台まで階段で行かねばならない。 


「思ったより、階段がアリマシタ。」 


「そうだね。オレたち、スニーカーで来て良かったね。」  


谷川はともかく、女性のミヒャンにはやはりきつかったようで水分補給の休憩の後、今度はゆっくりと第二展望台を目指す。 


東京のような高層ビルのないパリは、どこまでも遠景が広がり、おそらくそこがパリの境目であろうと思われる夜景の終わりが見えた。 


第二展望台から最上展望台行きの満員のエレベーターに乗り込み高度を上げて行くにつれ、高層ビル群の夜景とは違い、平面の街に潜む光がすべて点で届けられているように見えてくる。それはまるで宇宙空間の星のようでもあり、エッフェル塔が浮かんでいるかのような眺望だった。  


最上展望台は金網の柵こそあるものの、風が吹き荒れ寒く、とても長居はできそうにないため、写真だけ撮って早々と降りることにした。  

それでもミヒャンは、パリへ来て、エッフェル塔に上る、夜景を見る、という願いを叶えることができたことが嬉しいようで笑みを絶やすことはなかった。 


「タニガワさんと来るノコトが出来て、ヨカッタデス。ヒトリでしたら、それはとてもつまらなかったです。タニガワさん、ありがとうございます。」

彼女は、時たま、こんな風に少し変な日本語を話した。


興奮すると外国語思考力が働かなくなるのかもしれないと谷川はそれを聞いて微笑ましく思った。彼とて、英語の文法はいまだによくニュアンスが分からない部分が多いし、日常会話以上の単語は正直なところ分からない。  


彼女が決して流暢とは言えない日本語を頑張って話し、伝えようとしてくれるその姿勢が愛おしく思える。 


出身地を離れ、親からも離れ、日本語を学び、ミヒャンが日本で暮らしてきた努力はどのようなものだったのだろう、と谷川はエッフェル塔から見た数多の小さなひとつの光と彼女を重ね合わせていた。 


「ずっとここに来たいと思って イマシタ。」  


彼女は光を瞳に映しながら零す。 


「どうして?」  


きっと何かを誤魔化したいのだろう、ミヒャンが見せる苦笑いに谷川は惹かれた 。


「父と母は、離ればなれになってしまいましたが、結婚した時にここに来たことあると言っていました。ワタシが小さい頃は、ここで撮った写真が家に飾ってありました。あの2人があの時はここでどんな気持ちだったのか、ちゃんと幸せだったのか、知りたかったんです。」 


「そのために、パリへ?」 

「ハイ」

 「そうか、それなら良かったね。来れて」 

「ハイ」 

「ここへ来て、今、どんな気持ち?」 


「きっと、父と母はあの頃は幸せだったのだろうとオモイマス。」 

「そうだね、こんなに綺麗な景色だもんね。」

 「幸せだったんだと、オモイマス。幸せだったはずなのに、家族はバラバラになってしまいました。」 


 微笑みながら涙を流す姿に、どこか、モネが描く女性のような、人間の悲しみに潜む美しさを感じずにはいられなかった。 ミヒャンが放つ、過去という名の光源の在り処を知ってみたかった。  





つづく。


おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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