カンボジア⑯ 帰国



帰り、少し遠回りをして、マブの、ぶっ壊れそうなチャリを今度はオレがこいでナイトマーケットに寄っていった。



よろよろ漕ぎながら、観光客の雑踏の間をすり抜けていく。  外国人向けのおみやげの屋台や店舗が並んでいて、Tシャツや雑貨が豊富。



その中から一つ、ブレスレットをマブに買った。店のおばちゃんには3ドルと言われたが、マブが自ら1ドルにねぎった。    


店の前に戻ると、相変わらず暇そうにスタッフたちが座っている。

よく見ると欧米人の中年男性が混じって、ある女性スタッフと慣れた様子で話していた。あれは誰かとマブに聞くと、そのスタッフの旦那だ、と言う。 


 ホントにそうか? 観光客のように見えるけど。  

金で成り立っている関係かもな、と想像できた。    



プラスチックのイスに座って、ボトルの水を飲む。上げた視線のその先に月が見えた。

カンボジアにも月があったのかと、その時初めて気づいた。暑さや湿度のせいか、それとも街のせいか、日本より小さく見える気がする。 


「オレ、明日、日本へ帰る予定なんだ」     


独り言のように言ったけれど、隣に座るマブはきっと聞き取れたと思う。  


そんなくだらない、淡い旅愁じみた言葉が彼女の何かに触れたのか、突然こちらを振り返り、腕につけたブレスレットを見せて、


 「サンキュー」 


  と微笑みが返ってきた。


男はいつもその程度のことで言葉にできない温かみを得る。 


 以前、友人がこんなことを言っていたことを思い出す。  


〜 彼女に何か買ってあげると、その何倍もお礼や気持ちが帰ってくる。それが嬉しくて、プレゼントするんだ。〜  


日本だけでなく、そして現代だけでなく、それは古来より、そして世界中で行われてきた男女間のやりとりだろう。 




 「次はいつ来るの?」 

 何か期待されている気がして、マブのそれにはすぐ答えられなかった。

数年はくることはないだろうし、すぐに来たとしても、この瞬間の関係はその時にはもう存在しないことをオレは知っている。


分からないとも言えず、なんて返すべきか迷っていると、女性スタッフと話していた欧米人の男がなにやらニヤニヤしながらオレとマブの前にやってきて立ち、マブを指さして言った。 


「この女、今夜、80ドルでどうだ?」  


それくらいの英語、誰だって聞き取れるだろう。でもオレは意味が分からないふりをして、「What?」と言い返した。 

 


 男の、もろに顔にかかる息が酒臭い。半ば酔っているのがわかった。 


 「なに言ってんだ」 

 「ヘイ、ヘイ、ジャパニーズ、金は持っているだろう」  


男がそう言うと、マブが怒り出し立ち上がってクメール語で何かまくし立て始めた。

オレが咄嗟にとめようとするよりも先に、この男とくっついていた女性スタッフが間を取り持ち、男に何か言うと男はしぶしぶ立ち去り、通りの観光客の中に紛れ消えていった。  

訳が分からないとはこのことで、オレは呆然としてそれらの流れを見ている他なかった。 


・・・




  翌日、帰国便へ乗り込み、離陸前に窓の外の景色を見る。


小さな丸窓から見えるのは隣の便や、ついさっきまで居た空港の待機所。

なのに、この眼球が脳裏に映し出す景色は旅のいくつかのシーンだった。決まっていつもそう。  


旅が終わりを向かえようとしている。

激しい嵐が去ったあとのような、何もかもがごちゃごちゃで、うまく考えれられない。 


 離陸して、シェムリアップの広大なジャングルを見ていると、何か非現実なものに乗って、時間や距離の思いも消え、虚しく体を運ばれて行くような放心に駆られる。


 「また来るよ」 


 異国を離れる時、心の中で決まってそうつぶやくようにしている。  


それは単に旅愁を添えるに過ぎない、日本へ戻り忙しい日々が始まれば忘れていくだけの淡い思い出に、一言花を添えるだけの言葉。  


ふっと涙が出そうになって、我ながら驚いた。  


出会った人とのお別れ、あるいは季節の終わりの感じる言いようのないあの気持ち。  

輪郭のない、あのもやもやした気持ちを言葉で説明できたなら、どれほど晴々しい気持ちで空港を飛び立てたことか。  


SNSなどの急激な普及で、いつでもどこでもどんな時でも連絡が取れるようになった。   

 マブとは連絡は取れない。でも、それでいいと思う。  

もし、オレの人生に必要であるならば、神様が出会わせてくれるだろう。

出会いとはきっと、そういうものだ。

その時まで、この気持ちよ、達者で。  


オレがシェムリアップを飛び去ったことなんてまるで大したことではなくて、きっとあの街は今も世界中から集う人々の情熱で動いてる。


明日も明後日もシェムリアップはまた世界からの観光客とビジネスマンを受け入れてはいくつもの国や言葉でごった返しのカオスの街へ彼らを放るんだろう。  



帰国し、帰りのバスの中、アイフォンで日記を整理してみる。  日本の真夏の空も、特にシェムリアップと変わらない。 相変わらず首都東京は、夏の灼熱の太陽の下、人々の情熱と欲望と、金と、寂しさと愛と恋愛とかで出来上がっていて、ここにもきっと外国人と日本人のドラマがたくさんあるんだろうと思った。 


ミスターマオに、無事日本に着いたことを連絡する。  good. とそっけない返事が来て拍子抜けして笑ってしまった。


今日もまた、彼はあのホテルの前で観光客をつかまえては仕事をしているんだろうな。



アンコールワットをバックに、彼と。


 了


おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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