まさかカンボジアへ来て、ママチャリに乗っかるとは思わなかった。 いつ壊れるかも分からないようなサビついたチャリ。チェーンは、、、茶色い。・・・いや、焦げ茶だ。
マブがペダルを漕ぐたびにキーコキーコと寂しい音を鳴らす。彼女の肩越しに見るシェムリアップの世界はまた、違ったものに見えるのだから不思議だ。日本での現実なんて、物事の視点を変えられずに凝り固まってしまっているのに、異国ってのは、いわばトランス状態なもんだから、いとも簡単にそれを変えてくれる。
フラフラして、観光客やトゥクトゥクにぶつかりそうになるたびに日本語で
「お〜、っぶねえ!」
を連呼し、マブはそれに対して
「OK、OK」しか言わず、なんとか進み、涼しくなった夜風を浴びること5分くらい。
場所はパブストリートやナイトマーケットの近くの路地。
でも観光客が入るような路地ではない。お店は日本で言う定食屋。いや・・・、めちゃくちゃ古い定食屋。LEDとはほど遠い、暗めの電気が狭い店内と路上を照らしている。
客は二組。四人の家族と男性二人。外国人の姿は、ない。 脂っこい匂い、たぶん鶏肉だろう。店の前に置かれたプラスチックテーブルにつき、マブは店主らしき男性にクメール語で何やら注文していた。
まるでポケットティッシュのカバーのような小さな財布を出し、いくらか渡したようだった。 店主が無表情でこちらを一瞥する。 思わず目をそらす。
いくらなのか分からずオレは5ドルを彼女に渡したけれど、彼女はいったんそれを受け取ったかと思うと、ぺらぺらと札をめくり1ドルだけ取ってあとの4ドルは返してきた。
そんなの、もらっちまったってオレには分からないのに、マブが日本人的な律儀さを持っていることに驚く。
出てきた料理は、日本でいうとこのチャーハン、って感じ。入っている肉はたぶん鶏肉。香ばしい香りがあった。火がちゃんと通っているもので一安心。
衛生的にフォークがちょっと心配だったから、マブに隠してテーブルの下でウェットティッシュで拭く。
「じゃあ、いただきます」
と、つい無意識に口から零れて、マブがもう食べながら
「何?」
と聞いてくる。
日本文化がなんやかんやと説明は到底できなそうなので、首を横に振ってごまかし、今度はオレが聞き返した。
「ここには、よく来るのか?」
彼女はもぐもぐと食べて、それがノドを通ってから、
「ほとんど毎日ね」
と言った。
住み込みで、マッサージの仕事。マブの故郷なんて、例え聞いても分からないだろう。
カンボジアについて観光やら歴史やら雑学的に調べていると、必ず出てくるのが貧困で、農村部の男性は出稼ぎで都市部にでて、家に戻るのは正月や国の行事などの長期休みだけで、女性となるとまったく仕事がないという。
大して客も入らない店で、常に女性スタッフが数人常駐。それだけで仕送りと自分の生活が成り立つとは思えない。
繁華街では、マッサージだと謳って客引きをしている怪しい店がいくつもある。
もしかするとマブの店もきっと表看板はフットマッサージ屋で、目ぼしい男性客には裏メニューを提示しているのかもしれない。
実際、夜に歩いているとトゥクトゥクドライバーが「女はどうだ?」と聞いてくる。客を連れていってその店から見返り金、マージンをもらうシステムなんだろう。
夜遊びが目的で東南アジアへ来るヤツもいれば、オレみたいに、本当バカみたいに遺跡観光だけが目的で来て、夜遊びなんて全く頭になかったヤツもいる。男としてはかなりアホな部類に入ることに今更気付く。
ご飯を食いながらマブを見る。彼女もこちらを見ている。 言葉がよく通じ合わないものだから、マブは何か言いたそうだけれどただ笑ってごまかす時が多い。
その笑顔を見ていると、もうこの子に会うことはないんだろうな、というまるで他人事かのような考えが徐々に胸に染みてきて、なんだか急に寂しいような気持ちになり、オレはご飯が喉を通らなくなった。
つづく。
次で、カンボジア記は終わります。
0コメント