朝8時にミスターマオとホテル前のロータリーで落ち合う。
と言っても彼は毎日ホテル前にいるようで、このホテルが囲っているドライバーたちと昨日と同じく談笑していた。
それでも玄関から出てきたオレにすぐに気づき、大きく手を振りながらやってきては、
「グッモーニン!」
と大声で言ってくる。
他のドライバー仲間たちもがニヤニヤしながらやってきてはミスターマオを指差して、
「このヒト、ウンテン、アブナイ、アブナイ」
と片言の日本語で言いながらハンドルを握ってフラフラするジェスチャーをする。ミスターマオを冷やかして笑っていた。まあ結局は、手を振って見送ってくれるのだけど。
今日はロリュオス遺跡群へと向かう。
シェムリアップ市街からトゥクトゥクで40分ほど。
10ドル。2人なら1人5ドル計算。
あとでツアー会社のサイトで見たが、ツアーで頼むとガイドが付くにしても50ドルという凄まじい金額を取られる。それでもレビューを見ると利用者がいるので、驚く。もちろんガイドがいたほうが安心できるし、トラブルも少ないだろうし、詳しい説明を聞くことができる。ただ、高い。
オレは、自分で好きなだけじっくり見たいので時間が決められているツアーは本当に苦手なのです。ガイドさんもいりません。本に書いてある情報で十分なのです。例えガイドされてもよく分かってないので「ふーん」で終わってしまうのです。もっと言うと、冒険してる感に浸りたいのです。
カンボジアは日本のように、国道、県道、市道などが細かくあるわけではないようで、地図を見ると、ほんとにそこまで一本道だったりして、驚く。 ロリュオス遺跡群に行くにも同じで、ひたすら国道をまっすぐ行く。もちろん信号なんてない。市街地を抜けるまでホテルやお店、何かの会社が国道添いに並んでいるが、抜けてくるとどこまでも続く田んぼと高床式の民家しかなくなる。 たま〜に、路肩で何かを焼いて売っていたりする。
ロリュオス遺跡群は、主な観光遺跡としてバコン、ロレイ、プリア・コーと3つあるようで、順番に回る。
一つ目の遺跡、プリア・コー遺跡に到着する。
トゥクトゥクを降りる前から「物売りの子どもたち」が寄ってきた。 シルクでできたスカーフ、ポストカード、あるいはマグネット。それらを手にとってこちらに差し出してくる。
「スリー、トゥーダラー、スリー、トゥーダラー」
3つで2ドル、と言っているわけだ。とにかくどこまでもくっついてくる。
さすがに遺跡の入り口からは中には入ってこない。警備係に止められるのだろう。振り返ると、今度は別の観光客のところへ行っていた。
それほど広くない見学範囲であったが、30分くらいかけてじっくり見る。アンコールワットの比べると格段に観光客は減る。
そろそろ出ようと思い、入り口へ戻る。出る前からもう三人くらいの物売りの女の子に囲まれた。
それぞれ別の品物を目の前に差し出してくる。笑顔なんかではなく、本当に本当にどうか買ってくれませんか、という悲しげな目で必死に売ろうとする。いくら「ノー」と言っても食い下がる。
「オーケー、トゥー、ワンダラー、トゥー、ワンダラー」
断り続けると、今度は2つで1ドルと言ってくる。
カンボジアへ行ったことがある方は、その言葉の胸打つ響きをきっと思い出していただけるのではないでしょうか。
アンコールワットのような観光客でごった返しているところは、まだ他にも仕事があるだろうし、数打てば誰か買ってくれるかもしれない。しかしこういった観光客の少ない農村部の遺跡付近では、売上も少なく生活に大きく影響するのだろうと察しはつく。
売りに来る子供たちは大きくても小学校六年生くらい、小さい子は5歳くらい。すべて女の子。同情して買ってもらうという点において、それは重要なんだと思う。
ちょっと紹介しておきたいのは、カンボジアで活動している日本の男性が作った団体で「かものはしプロジェクト」というのがある。
仕事のない農村部で、女性に仕事を与え、人身売買や売春を防いでいこうという活動をしている。工場を作って、観光客が好みそうな雑貨を作り、市街地で売っている。この雑貨が本当に可愛くて、しかも安く、オレもお土産に幾つか買わせてもらった。
物売りの女の子。
断ったら断ったで、ものすごく残念そうな表情を見せる。時には、トゥクトゥクが走り出しても、小走りでついてきて、
「トゥー、ワンダラー、トゥー、ワンダラー!」
と叫ぶ。
そんな子に出会ってしまうと本当に胸が痛む思いをしばらく引きずる。
100円や200円くらいだったら買ってあげれば良かったと思うんだけど、子どもたちが差し出してくるものはよく考えてもいらないものばかり。
いや、最終的には本当はそこはもう「いる、いらない」で考えてはいけないのかもしれない。彼らの様々な背景を汲み取った上でお金を渡してあげられるか否か、だ。 しかし習慣的に「限定物」や自ら並ぶ「行列」が好きな日本人にとって、しつこく売りに来られるとどうしても断りたくなってしまうんだ。
日本の服屋でさえ「今日はなにかお探しですか?」と来られた時には「ほっといてくれ」とオレは思う。欲しいものがあれば買うし、なければ買わない。 結局、一つ目で立ち寄った遺跡では買うことはなかった。
バコン遺跡へ。
ここには物売りの子がいなくてホッとしたのもつかの間、すぐにどこから少年がやってきて、何か差し出す。
何かと思えば、
・・・バナナだ。
バナナは買わんなあ・・・。
束になったバナナ。しかもミニバナナ。1ドルだと言う。
一言「ノー」というと、すぐに去っていった。
思うのは、やはり物売りは女の子のほうが、同情が発生しやすい。
弱い者へ対する保護しようとする気持ちなのだろうか。
少年が売りにきても、遠慮なく断れる。
参道
ナーガ、と呼ばれる蛇。ドラクエのヤマタノオロチを思いだす。
設計されて作られたと思われる小窓。 遺跡の先が見える。
インドより日本へ狛犬が伝わってきた。その途中のカンボジア。
入り口へ返ってくると、やってきた欧米人の家族の母親が、ミニバナナを食っていた。買ってあげたんだな。 男子に対する思いは、母親という視線からのほうが強いのだと思う。
3つめの、ロレイ遺跡へ。 駐車場がきちんとあって、お土産屋とは言えないが、ジュースくらいは売ってそうなホッタテ小屋がある。
ここにも物売りの子が見えたが、他の観光客へくっついているのでその隙きに遺跡への階段を上がってしまう。
遺跡に隣接してお寺があり、奥には僧侶が暮らす家もあった。敷地内、あるいはその外にも民家があり、部落のようになっていた。
修復されているようで、このように足場が組まれていた。
さて、帰り際だけども、物売りの女の子に捕まった。
けれど、他の子とは表情が違うことに気付いた。なんだか穏やかで、大人しく、どこか微笑んでいる。 他の子といえば悲しげな顔をして、何度もワンダラー、ワンダラーと声を出して必死に観光客を追いかけて売ろうとしているのに、だ。
その子が売っているものは、麻か何かの紐で編んだ粗末なバッグ。どこでも売っている物と違ってオリジナル商品のようだ。何十個と腕に持っている。それを見て、いるか、いらないか、で考えたらお土産にはいいかもしれないと今度は考えが傾いた。
オレが手にとって眺めていてもその子はただ微笑んでいるだけだった。それがいくらかも知らない。
「トゥー、ワンダラー。 オーケー?」
これくらいの値段なら、とこちらで値段を決めて言ってみる。その子、何も言わずただ微笑んでいる。何も答えないのでこっちも微笑むしかなくなる。この子、実はよくわからず親に商品持たされて、売って来い、と言われたんじゃないか?物売りデビュー戦なのか。
仕方ないので、色がよさそうなバッグを2つ選んで、2ドルと余っていたカンボジアリエルを、その子の手に握らせた。その子はやっぱりなんにも言わなかったが、目をパチクリさせて 「え? いいの?」 という、驚きと喜びの表情を見せた。
2ドルと幾らかのリエル。ここでは大金だ。
ただ、半分はこの子の笑顔に払ってあげたつもりだった。
ミスターマオがやってきて、「ナイスバッグ」と言ってガハハと笑った。
一枚写真を撮った。一番左の子。他の二人は、そっぽ向いているが、もしかしたらそうやって撮られるのが流行りなのか。どっちにしても雰囲気が違うのが分かってもらえると思う。
ちいさな子供が物売りなんてしていれば、健気に、可哀想に感じてしまうのが大人の良心だろう。そしてそれを断ることで生まれてしまう理解しがたい気持ち。正直に書けば、お金を払ってただその罪悪感を捨てたかった。そしてその子が微笑んでくれるもんだから、救われた気になっただけだった。
その時買ったバッグ、家で使っています。飲み終わったあとの牛乳パック入れとして。たまにそれでスーパーへリサイクルへ持っていってます。活用してます。
本当はそういうことを、その子に伝えてあげたいんだけどね。 君が売ったバッグが日本へ来て、大事に使われてるよ、って。
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