ルクソール神殿の門をくぐると、ぼくは静かな畏れを抱いた。
エジプトの遺跡をいくつも巡ってきたが、この神殿はまた別格だった。天井はなく、空へ向かって聳え立つ巨大な支柱の群れが、ぼくを迎え入れる。ファラオの石像が並び、悠久の時間を超えて訪れる者を見下ろしている。
観光客の喧騒が遠のいたように感じるほど、ぼくはこの光景に圧倒されていた。
神殿内の、空へと伸びる列柱を見上げながら歩いていると、巨大な支柱の影から突然、人が現れた。
危うくぶつかりそうになり、「アイムソーリー!」と反射的に口にして避ける。
見ると、相手はどうやら日本人の女性二人組のようだった。
「ああ、日本の方でしたか。こんにちは」
ぼくは日本語で言い換えた。
けれど、彼女の一人が微笑みながら首を傾げ、片言の日本語で言った。
「ワタシは、、、日本人、、、チガイマス」
「!?」
信じられなかった。
海外で日本人を見分けるのは得意なはずだった。
服装、姿勢、歩き方、ファッション、仕草、雰囲気など、それらすべてから、ぼくは無意識に「同胞」を嗅ぎ取ることができる。だからこそ、全く疑う余地もなく日本人だと判断した相手が、実はそうではなかったことに強く動揺してしまった。
彼女らの1人が今度は英語でぼくに言う。
「さっき、あなた、『こんにちは』って言ったけど、今は夜だから『こんばんは』ですよね?」
確かに・・・。
でも、そういう問題でもないんだよな今は・・・。
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