新世界紀行 エジプトの旅27  奇妙な冒険

ルクソール神殿の門をくぐると、ぼくは静かな畏れを抱いた。



エジプトの遺跡をいくつも巡ってきたが、この神殿はまた別格だった。天井はなく、空へ向かって聳え立つ巨大な支柱の群れが、ぼくを迎え入れる。ファラオの石像が並び、悠久の時間を超えて訪れる者を見下ろしている。


観光客の喧騒が遠のいたように感じるほど、ぼくはこの光景に圧倒されていた。


神殿内の、空へと伸びる列柱を見上げながら歩いていると、巨大な支柱の影から突然、人が現れた。


危うくぶつかりそうになり、「アイムソーリー!」と反射的に口にして避ける。

見ると、相手はどうやら日本人の女性二人組のようだった。


「ああ、日本の方でしたか。こんにちは」

ぼくは日本語で言い換えた。



けれど、彼女の一人が微笑みながら首を傾げ、片言の日本語で言った。



「ワタシは、、、日本人、、、チガイマス」





「!?」




信じられなかった。



海外で日本人を見分けるのは得意なはずだった。


服装、姿勢、歩き方、ファッション、仕草、雰囲気など、それらすべてから、ぼくは無意識に「同胞」を嗅ぎ取ることができる。だからこそ、全く疑う余地もなく日本人だと判断した相手が、実はそうではなかったことに強く動揺してしまった。


彼女らの1人が今度は英語でぼくに言う。
「さっき、あなた、『こんにちは』って言ったけど、今は夜だから『こんばんは』ですよね?」



確かに・・・。

でも、そういう問題でもないんだよな今は・・・。


ぼくは彼女らにぶつかりそうになって避けた後、何か挨拶しなければ、という感覚から昼夜など気にする時間などなく「こんにちは」の言葉を選択して口にしていたに過ぎない。


彼女たちは中国人だと言った。彼女らが英語を流暢に話していても、片言の日本語を話していても、日本人ではない、ということを信じがたかった。
考えてみれば、SNSの急激な普及によること、中国も日本も韓国ファッションブームが来ていることを考えれば、同じアジア人顔であれば区別がつかなくなるのかもしれない。


大学で日本語を学んだことがあると言った。


会話の中で、彼女たちの名前はソアとミリーだと知った。ミリーはイギリスのロンドンに、ソアは韓国のソウルへ留学中とのこと。

2人はかねてよりミリーが訪れたかったというエジプトで待ち合わせをし、観光してからまたそれぞれの地へ帰るという、まるで映画のワンシーンのような旅の形。


言葉の壁を感じさせない彼女たちの流暢な英語に、ぼくは少し羨ましくなった。
お互い中国人だというのに、ぼくがいるから英語で話してくれている。お互いのことを話しながら、気がつけばぼくらは三人でルクソール神殿を巡っていた。

神殿の最深部に辿り着こうというとき、ライトアップの明かりが不意に落ちた。
停電かと思ったがどうやら違うようだ。


ざわつく人々の中、奥から警備員が現れ、「もう閉館の時間だ」と促した。


時計を見ると、もうすぐ20時。本来なら21時まで開いているはずだが、今日は大晦日。早めに締めるのだろう。


羊飼いが羊を追いやるかのように、警備員が多くの観光客を出口へと誘導し、ぼくたちも仕方なく出口へと足を向けた。ぼくらが戻り始めると、客がいなくなった奥から徐々にライトが消されていく。



神殿のそとへ出るとライトアップされた巨大な門だけが闇の中で浮かび上がっている。


それは、まるで時を超えた遺跡の亡霊のようだった。アドベンチャーゲームの世界の古代神殿から脱出してきたかのような冒険心のまま、ぼくは立ち尽くして見ていた。


「とても楽しかったね」



ソアとミリーが微笑みながら話している。


ソアは今時の韓国の若者らしい華やかなファッションで、エネルギッシュに弾けている子だった。一方のミリーは、図書館で静かに本を読んでいるような落ち着いた雰囲気の子で、そんなソアに寄り添うように歩いていた。


2人はとても仲が良かった。お互いに持たないものを補い合うような関係なのだろう。



20時、大晦日の夜。

さて、これから、どうするか。



ぼくは水分こそさっき買って摂ったけれど、朝食以降ほとんど何も食べておらず、何か食べなければと考えていた。


ただ、土地勘もなければ人で溢れるここ周辺で安全に食べれそうな店も知らないため、唯一安全に、味の保証もあり、そしてすぐ腹を満たせる場所はすぐ近くにあるマックくらいだった。
また、神殿横の広場でカウントダウンイベントがあるらしいので行ってみたいとは思っている。


それを2人に伝えると、彼女らもお腹が空いているらしく、一緒にマックへ行くという。



今日一日、ぼくの人生は目まぐるしく動いていた。


朝、ツアーバスに乗れなかったこと。


急遽、Sさんと馬車で遺跡を巡ったこと。


ナイル川を公共フェリーで渡ったこと。


渡った先にルクソール博物館があって入館できたこと。


ルクソール神殿のライトアップへ来たこと。


神殿でソアとミリーに出会ったこと。



全てが予定していたことなどではなく、突如表れた出来事だった。


ふと足を止めると、わずかに目眩がした。視界が歪むような感覚だった。


体調が悪いわけではない。きっと疲れはあるのだろう。


まるで、誰かがぼくの旅のシナリオを書いているかのように、出来事が次々と展開し、脳の処理が追いついていないのだった。


今日一日、何がどう起こってきたのか、理解できずにいる。


だが、それもまた旅だ。目の前の瞬間を楽しもう。


今日という日は、二度と訪れない。


旅は日常では絶対に感じることができないことを確かな感触と共に伝えてくれる。




おかやんの「とりあえず何でもひとりでやってみる」ブログ。

やりたい事は悩みながらなんでもやってみる。結果的に楽しんでる!また、何かに特化して書いているわけではありません。 書きたいことをごった混ぜにしてネタをブチ混んで書いていますhttps://www.instagram.com/the_unending_world/?hl=ja

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