2025.01.25 13:17新世界紀行 エジプトの旅20 車内の揉め事 発車まで二十分ほどあった。しかし、電光掲示板などという便利な代物のないエジプトの駅だ。どのホームが目的地へ続くのか、どの列車に乗ればよいのか、皆目見当がつかない。早めにホームへ行って、探した方が良さそうだ。そう思い至った瞬間、Sさんとの別れが目前に迫っていることに気がついた。彼は駅のキオスクの傍に併設されたATMで、クレジットカードを使いエジプトポンドを引き出したいという。ぼくはその様子を見守った。「オレも明日にはルクソールへ向かおうと思う。向こうでまた会えるかもしれないね」 そう言いながら、Sさんはぼくに握手を求めた。 旅というものは、出会いと別れの連続である。それでも、脳というやつはぼくの感情や記憶をなんとか時間と共に癒してくれた。わずか半日、い...
2025.01.25 05:33新世界紀行 エジプトの旅19 商店街の物売り少年アスワンの街にてタクシーはアスワンの街中を静かに滑り、駅へと向かっていた。街並みは平坦でありながら、通り沿いに軒を連ねる商店が賑やかで、どこかのどかな活気を湛えている。地元の人々が行き交うその様は、異国情緒というよりも、何か懐かしい田舎町を思わせた。やがて、十五分ほどで駅に到着する。平屋の駅舎はこぢんまりとしており、その質素さが旅人の心を和らげる。駅前の広場はロータリーになっており、幾分余裕を持った造りだ。駅舎の内部もまた簡素で、切符窓口やキオスクが一つ二つあるばかりであった。改札というものは存在せず、切符は車内で車掌が回収するらしい。
2025.01.10 13:51新世界紀行 エジプトの旅18 アスワン駅へイシス神殿のあるフィラエ島は、わずか一周一キロほどの小さな島である。そのほとんどを占める神殿は、まるで島そのものが神域であるかのような錯覚をぼくに与えた。舟を降りた瞬間、微かな風が頬を撫でた。ナイル川の水面を隔てた向こうに見える神殿は、古代の記憶を宿しているようだった。ぼくはゆっくりと歩みを進め、その前に立つ。門と呼ぶべきか、壁画と呼ぶべきか、圧倒的な構造物が目の前にそびえ、中央の小さな入り口をますます狭く見せていた。この神殿には洞窟のような暗さはなく、青空の下に広がる開放的な空間がある。その青と石の対比が、ひときわ美しい。