朝、7時にホテル前でミスターマオと待ち合わせることになっていた。
5分前に玄関を出ていくとロータリーに彼の姿がまだない。
待っていると他のトゥクトゥクドライバーがハローと陽気に寄ってきて、どこへ行くのか、と営業トークが始まってしまった。
「いや、7時にマオを待っているんだけど、知ってるかい?」
と聞くと、
「ああ、あいつならもうすぐ来ると思うよ」
との返事なので、トゥクトゥクドライバーたちに混ざってカタコト英語と日本語で談話。
するとマオがやってきた。
「ソーリー。でもユー、今6時59分だ。遅刻じゃないよな」
と言ってスマホ画面の時刻を見せてガハハと笑った。
今日はトゥクトゥクではなく、彼の車で、プリア・ヴィヘア、コーケー遺跡群、ベンメリアという3つの遺跡を巡る。
どこもシェムリアップ郊外にあり、最初に行くプリア・ヴィヘアは4時間くらいかかる。
金額は60ドル、値下げはできなかった。
加えてプリア・ヴィヘア遺跡が山頂にあるため麓からそこまでの特別車両代5ドル。
(25ドル÷定員5人。さらにあとで知ったが、バイクタクシーで一人5ドルもある。)
日本人ツアーに申し込めば、安くてひとり108ドル。2倍近い金額の差だ。
金額だけみればやはり日本人ツアーというのはかなり高い。
しかし、乗り心地の良いソファーのついた大型のバンに快適に乗れ、日本語が話せるガイドが付いて安全に帰れることがほぼ約束されているのだ。
それに比べミスターマオ。異国で会ったばかり、どこのだれだか分かるはずもない個人のトゥクトゥクドライバー。そんな彼の車に乗ってそれだけ長距離の移動をすることにはかなり迷った。
毎日、トゥクトゥク移動をお願いして顔見知りになり、親しくなったような雰囲気はあったが、それでも警戒を解くに十分とは言えない。長距離移動の最中で、おかしなところで連れていかれて金を要求されるなんてこともあり得る。 高いが安全な日本人ツアーか、安いがリスクのあるミスターマオか。
昨夜、ホテルスタッフに彼について尋ねてみた。「良いドライバー」という返事を一応もらう。そして最終的には、「どっちがおもしろそうか」で決めた。
出発前にミスターマオが、いくつか確認してくれる。 水は持ったか、パスポートは持ったか。 ガイドブックによると、カンボジアのアンコール遺跡群に次いで二番目に世界遺産となったプリア・ヴィヘアはタイとの国境にあるため、その遺跡を巡って近年タイと銃撃戦まで起こっている。そのためタイ人は入場禁止となっていて、パスポートによる国籍確認が行われているらしい。
出発前の彼の気づかいや優しさの反面、目に入った彼の車は「一応」トヨタのセダンだったが、めちゃくちゃボロい。
やはりな・・・。少なくとも、今の日本にはないな・・・。
良い車をほんのすこ〜し期待したが、それは完全に崩壊していった。
まあ、いい。行くとしよう。
「行こう、おばさん! 父さんは帰ってきたよ。」
パズーのセリフを言って鼓舞する。
日本であれば、どんな田舎でも1時間も走れば抜けるし、多少なり民家や集落もある。けれど、ここは見慣れぬカンボジアだ、雑草だけが生えているような平地をひた走る。
ミスターマオと時折会話をしながらだけれども、本当にコイツ信用できるのか? できねえのか? やはり、安全を金で買って日本人ツアーに申し込むべきだったか? と不安がよぎる。
現在地なんか分かるはずもない。道路にはなんにもない。 信号もなけりゃ、標識もない。 頼りにできるのは、太陽の位置から知る方角とカンボジア全図で見る超アバウトな道路図。
救いなのは、ミスターマオが東南アジアのドライバーにしては、安全運転をしてくれていること。 二時間半が経過し、仮に彼が何か企んでいたとしても、これほど遠くまで来る必要はないだろうと思えてきた。ちゃんと遺跡へ向かってくれているんだろう。
いくつかの町や村を通過し、また次の町へ入る。運転をする彼はまだ疲れた様子はなかったが、
「少し休まないか? 運転疲れただろ?」
と提案してみた。観光客がまったくいないローカルな町をちょっと見てみたかった。 すると彼は言う。
「もう少し行くと、伯父さんちがあるんだ。ちょっと寄って行こう」
町を抜け、それから10分ほど走りオレたちは、道路の左右に高床式家屋ではないレンガ作りの民家が立ち並んでいる通りにいた。
彼はそのうちの一件に車を停めた。2階建ての立派な家だ。裕福さが見て取れる。
彼について行き、玄関で彼が何かクメール語で叫ぶと、中から中学生くらいの男子が出てきた。優しそうな性格が分かるほど笑顔がいい。
何やらクメール語で話していたので事情を聞くと、おじさん夫婦は留守中で、子供が留守番をしているとのこと。 中をのぞくと、まだ歩き始めたくらいの赤ちゃんがいて、子守をしているんだとか。だから、今日は学校を休んでいるという。そういうものなんだろうカンボジアは。年を聞くと、男子は15歳。昔の日本の兄弟のような年の離れ具合だ。
ミスターマオが、トイレに行ったので付いていく。外にある風呂と便器がいっしょにある所。で、桶で水をすくって流すカンボジアのトイレ。
ボランティアで郊外の村の村長さん宅に住んでいた頃の記憶が蘇り、懐かしい気持ちが胸に溢れた。 本当に、またカンボジアに来るとは自分自身思っていなかった。
ミスターマオの親戚の方々に会い、彼に対する疑いの念も薄まったことで、安心し、力んでいた体も幾分リラックスできた。
でも正直なところ、「結果的に」オレは無事に一日無事に過ごせたが、ドライバーによっては危険なやつもいるだろう。 彼は笑い声がでかく、ユーモアもあり、次も安心して頼めるドライバーだったが、彼とて客が女性ひとりだったならば違っていたかもしれない。 人間は、誰しも相手によって態度や性格を変える。故意なのか、無意識なのかは状況と相手次第。自分にとって都合が良いようにする。 世界的に見れば島国日本が「異常なほど」安全安心な国なだけであって、やはり海外へ出ればそれはまったく通用しないことをオレはいくつかの国を巡って学んだ。
その後は彼の車に揺られ、うつらうつらしながら最初の遺跡「プリア・ヴィヘア」へ向かった。
その日は、一日、ジブリの「天空の城 ラピュタ」の遺跡を巡る旅となる。
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