夜、アプサラダンスショーを見る。
「アプサラ」とは世界無形文化遺産に登録されたカンボジアの伝統的な踊りだ。アンコール遺跡群にも多数のアプサラが彫られていて、当時の妖艶で美しい女性の姿を想像することができる。
「地球の歩き方」よると、シェムリアップ市内にはいくつかアプサラショーが見られるビュッフェレストランがあるようだ。幸い、ホテルから歩いてすぐの場所にひとつあった。
レストラン「クーレンピー」。
レストランと言うよりはもはやホールで、500人以上は席があると思われた。ツアー会社が団体客用に前の席からどんどんおさえてしまうようで、昼間に予約に訪れた時は、結構後ろの席しか空いていなかった。
どのアプサラダンスレストランも事前に要予約とのこと。
ビュッフェ付き12ドル、飲み物別料金。
ただ、収容人数の割には料理がすぐ終わり、補充も行わない。中国人団体多し。。。
アプサラダンスショーの帰り、昨日見かけたホテル前のマッサージ屋に寄ってみることにした。
レストランを出て夜の通りへ出ると、夕方とはまた一変していることに気づく。交通量が増し、歩道も観光客が大勢歩いていた。欧米人の女性は、暑いアジアではどこでもラフな格好で、キャミソールに短パンという悩ましげな姿でつい視線が奪われる。トゥクトゥクやバイクが埃を巻き上げながら走っていた。
その通りに面した小さなマッサージ屋の前には数人の女性店員が、歩道に脇に置いた椅子に座ってスマホをいじっていた。皆、黄色のポロシャツを着ている。制服らしい。
オレが近づくと2人が立って笑顔を見せた。一人はおばさん、もう一人は20歳過ぎのくらいの子だった。
その子の顔を見て驚いた。今まで見てきたカンボジアの女性は、同じアジア人ながらやはり日本人とは異なっていた。それは黄色人種の韓国人や中国人でさえだ。けれど、その子の肌はカンボジア人が持つ色黒肌ではあるものの、顔立ちはまるで日本人。思わず日本語で話しかけてしまいそうになる。
メニューを見たいのですが、とその子に一応英語で伝えたつもりだったが、伝わらない。発音が悪かったのかと思い、単語だけでもう一度「メニュー」と言ってみる。黒い瞳をパチクリしている。
それを見かねたのか、他の店員がその子にクメール語で何か言うと、その子は慌てた様子で店内に入って持って来てくれた。 見るとやはり安い。なにやらいくつかコースがあるようだったが、足だけなら1時間3ドルなのでとりあえずそれをお願いした。 すると、椅子に座っているおばさん店員がスマホをいじりながらその子に何かクメール語で伝えた。雰囲気では「アンタ、やんな」と言っているようで、その子が店内に案内してくれることになった。
奥に伸びる細長い店内は客のソファが7個あり、そのうちの2つには男女の客が座ってフットマッサージを受けていた。顔つきやファッション、髪型からして韓国人旅行者だろう。男のほうが入って来たオレを一瞥し、すぐにまた自分のスマホに目を向けた。 マッサージを受けながらずんぐり返ってスマホをいじっている光景は、なんとも偉そうに見える。これがアジアの縮図だろうか。
ソファは経年の汚れやいたみが分かるが座り心地は良く、ふかふか。その子が目の前に座り、オレの足を慣れた様子でヨイショと持ち上げる。フットマッサージが始まった。足とはいえ、初めて会う女性に素手で触られるのは多少なり照れがあった。
技術的に上手いのか下手なのか、正直良くわからないが、とりあえず初日に行った繁華街のマッサージ屋よりは痛くはない。かといってこの子の握力は見た目の華奢な体つきからは想像できないほどしっかりしたもので、ここでの仕事の経験の長さを想像させた。5分ほどすると、遺跡巡りで疲れきった足が軽くなった事に気づく。これで3ドルなら毎日来てもいいな。そんな風に思い始めていた。
日本でもそうだけど、いつでもどこでも、どんな時でもスマホをいじるのはマナーや礼儀、見た目が悪いと常々思っているので、オレはただマッサージを受けている自分の足とその子の表情を交互に見つめていた。
やっぱり、顔つきは日本人。そのせいか親近感がある。長い黒髪を頭の上で束ねていた。下ろせば腰くらいまであるのかもしれない。黄色いポロシャツをよく見ると制服ではないようだ。アディダスのマークと三本線が入っている。韓国人にマッサージをしている店員をみると、色はそっくりだが確かに別のポロシャツだった。
時折、その子が腕を動かしながらこちらに視線を向け、微笑んで、 「オーケー?」 と聞いてくる。痛くはないか?ということだろう。 「オーケー」 と答えた。こちらも自然と笑顔が生まれる。 一所懸命、オレの足をマッサージするその姿が愛らしかった。 何か話してみたいと思った。
「何歳なの?」 そう聞くと、また黒い瞳を何度もパチパチさせる。もう一度ゆっくり発音に気をつけながら言ってみる。やっぱり英語はダメみたいだ。その子は苦笑いをし、「イングリッシュ・・・」と言いながら目の高さで何かつまむ仕草を見せた。「少し」というジェスチャーだろう。
英語が通じないのか、どうすっかな。と考えを巡らせた結果、オレはお店のWi-Fiを使って翻訳アプリを急遽使うことにした。確かクメール語も入っていたような気がした。
翻訳アプリなんて信頼しているわけではないが、この際使ってみる。画面を見せると、その子は理解したようでマッサージをする手を止め、両手の指を使って2と4を見せた。24歳ということだろうか。続いて「どのくらいここで働いているの?」と翻訳アプリに打って、画面を見せた。
今度は、片手で1を出した。でもそれが一ヶ月なのか、一年なのかが分からない。マンス?と返すと首をひねる。イヤー? と聞くと首を立てに振った。一年ってことか。
そんなたわいもないことを聞くのにオレのほうもなんだか必死で、しかもオレのケータイは当然クメール語では打てないから聞く一方。
意外とアプリが使えるので調子にのって「どこに住んでるの? この近く?」なんて打ってみたら、その子、指で床を指した。
・ ・・ここ?
次に上を指差して、腕で枕を作って寝るジェスチャーをした。
二階で寝てるのか・・?
それだけ指で表して、またその子はせっせとオレの足をマッサージする。
住み込み、ってやつかもしれない、とオレは思った。
オレの知ってる限りのカンボジアの女性の雇用状況を思い浮かべると、なんだかちょっと笑顔を作れなくなった。農村部から出稼ぎにでも来ているのかもしれない。
1時間のマッサージが終わるまで、その子はやっぱり「オーケー?」とオレに聞きながら決して手を抜かず仕事を終わらせた。
「オーケー、フィニッシュ」
と笑顔で言い、フーっと息を吐いた。やっぱり1時間も人の足を、しかもオレの硬い足をマッサージしていれば疲れるんだろう。
その「フィニッシュ」だけは英語なんだなと苦笑しながらクメール語で「オークン(ありがとう)」と返し、料金の3ドルを渡した。日本円で350円くらいか。払うほうが悲しくなるほど安い金額だ。
オレはもう一度、翻訳アプリを使って聞いた。
「明日もいる?」
その子はキョトンとしながら頷いた。
「じゃあ、明日もくるよ」
店を出ると、椅子に座ってスマホをいじっているスタッフたちがオレに笑顔を送ってきた。動画を見たり、ゲームをしているようだった。
通りは相変わらず人とトゥクトゥクとバイクで騒がしく、ネオンがきらびやかに通りを照らしていた。
ホテルの部屋に戻り、倒れるようにベッドにダイブする。天井を見つめながら、そういえばあの子の名前、聞いてなかったな、とふと思った。
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